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「…あの、どうするの? その……その、子」
 子、なんて表現をするのはどこか抵抗を感じたが、彼が大事そうに抱いているかわいくてもふもふした生き物の名残を「それ」とか「そんなもの」とか言うのもどうも気まずい。彼は細めた目をこちらに向けて口を開いた。
「学校に埋めに行く。」
「学校!?」
「学校。」
 それがどうかした? とでも言いたげに深瀬君は首をかしげる。いやいやいや。まだ部活終わってないから生徒がいっぱい学校に残ってるんだよ深瀬君。その状態でどうやって誰にも見られず咎められずに穴掘って埋めるところまでやるっていうの。
 黙り込んだ私の横をするりと通り過ぎた彼はぽてぽてとのんびり歩いて行こうとする。えええ、と口に出してしまいそうになった。

「……深瀬君、そういうの、片付ける仕事の人達がいるんだよ」

 背中に言葉を放ると深瀬君はゆっくりと上半身をねじる。黒髪の隙間に見える眉毛が八の字を作った。そんな困った顔とかこっちがしたいんだけど。……たぶんもうしてるけど。
 ため息をついて鞄から丸めたビニール袋を出した。いつだかに委員会のゴミ拾いで使って以来入れっぱなしにしていたものだから汚いだろうけど、まぁ別に問題無いだろう。そう判断して差し出す。
「そのままじゃバレるよ。せめてこれに入れよう」
 素っ気なく言うと深瀬君は笑顔になった。それはよくクラスで見るのと同じもので、私もつられて笑ってしまう。
「ありがとう」


    ×


「白石さん、帰らなくてよかったの」
 花壇の区切りに使うようなブロックを手に持って深瀬君が静かにたずねた。校舎の壁に背中を預けて、私は彼を見下ろす。
「……まぁ、暇だったし」
 しゃがみこんだままだった彼は少しの間思案するように私を眺め、やがて「そっか」とだけ呟いて猫を埋めた場所に向き直った。手にしたブロックをぐっと黒い地面に埋め込む。
「目印? それ」
「うん」
 ぱたぱたとブロックの周りを叩いた深瀬君の両腕に赤い痕がべっとりと付いているのを見て今更気持ちが悪くなった。本当に今更。……というか、そんなに血が付くってあれはそんなに新しいものだったんだろうか。なんだかんだと疑問は尽きないままだ。なんかもう割とどうでもいいけど。
 また動かなくなった彼に呼びかけてみる。

「深瀬君」
「うん」
 うんじゃなくて。
「帰らないの?」
「うーん…」
「……向こうの水道で手洗おうよ。それじゃ帰れないでしょ」

 伸びをしながらそう言った。組んでいた指先をほどき、下ろした手をそのまま自然に差し伸べたところで、失敗した、と気づく。緩慢に振り向いた深瀬君の目が私の手をとらえた。ついで驚いたように私の顔へと視線を移し、そうして、笑う。
「ありがとう」

 色々と理解しがたいけど、と、考えた。やっぱりこのひとの笑った顔は好きな気がする。
 骨張った汚れた手が、私の小さな手を握った。



20120703/No name



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