雨を見たかい 2/2 「……わざわざ濡れる人がいるなら傘なんてなくたっていいよ」 どうしてか彼女は傷ついたような顔をして俺から傘を受け取った。俺はそのまま扉を出て、彼女に振り返ってみる。雨は冷たかった。彼女があわてていた。困ったように眉尻を下げて、けれど何も言わない。ただ、しばらくして、失敗したというようなことをぼそぼそと呟いた。何に対しての言葉かはわからなかった。最初の印象よりは、ずっと柔らかい表情の使い方をする、と思う。彼女は静かに俺の後ろをついて歩いてきた。昔流行った、小さい生き物を引っこ抜くゲームみたいだ。 目的もなく歩いて、彼女は傘を片手に黙ってついてきて、額にはりついた前髪を払う意味すらなくなりそうなほどびしょ濡れになった末に、俺はふと思い出した疑問を口にした。 「どうして濡れてたの?」 彼女の足音が止まるのがわかって振り返ると、彼女は黙って俺を見つめていた。少しひるんで、真っ黒な目を見つめ返す。冷たい、とぼんやり思った。 「……呪われでもしたんじゃないですかね」 そう、アスファルトに視線を落としてとぼけたように答えた彼女に、俺はまたゆっくり背中を向けた。 「……名前」 「え?」 「君の、名前は?」 脈絡のない問いに、彼女ははじめて笑みを見せる。それはまるであわれむようで、俺は何か悲しくなった。 「あかし、ちなです」 アカシ、明石。 「ちなってどう書くの?」 「知る、に奈良の奈」 知奈。 かわいい名前だね、と言うと彼女は少し顔をしかめた。そんなに嫌がらなくてもいいだろうに。お世辞は嫌いです、なんて仏頂面で言う彼女に、割と本音だよ、と返す。 「あなたは?」 「茅原明」 「かやはらあきら」 復唱する声にうん、と俺はうなづいた。ふと、重たげな雲の間から細い光が差すのが目に入って目を細める。 俺の後ろを歩きながら「かやはら先輩」と小さく呟いた彼女が、また降り止まない雨に透けて消えていきそうに、そっと笑みをこぼしたのが──聞こえたような気がした。 タイトルはCCR/Have You Ever Seen the Rain?の邦題から。内容は全然関係ありません。 20111213/雨を見たかい ←[back]→ |