スタンド・バイ 1
※未来設定※




 一緒に居たかったなんてことは言わないし、好きだっただとか、ましてや愛していただなんて決して言いやしない。実際のところ、そんな感情があったかどうかさえ今は覚えていないのだ。あの頃の彼は、年齢相応に薄く固く、西洋人に近い白さのある体をしていた。一番に思い出すのがそんなものだということには自嘲する他ないが、それは確かに俺の気に入るところであったのだろうと思う。チープで陳腐な睦言(むつごと)を、俺は決まってその体を抱いたあとに言ったのだ。彼はいつも、それを笑って一蹴していたものだった。

 ……そんなことを思い出したのは、久方ぶりに彼から手紙が来たからだ。通信手段などいくらでもあるのにと考え、彼と関わりがあったころの連絡先はとうに使えなくなっているということにすぐ思い至った。それで実家に手紙、とは。確かに俺がいなくとも家族が見ればこちらに送ってはくれるだろうが、それにしても彼ならば調べることなどたやすいだろうにという疑問が残る。面倒だったのか、他の手段では伝えづらい内容なのか。
 真っ白い封筒に美しい筆記体で書かれているあちらの住所は、なかなか判読の難しいものだった。


「前略

 お久しぶりです、お元気ですか。」


 簡単な挨拶と近況報告。敬語なのは最初だけだった。細いのに不思議と力のある字は、変わっていない。
 書かれていたのは本当にとりとめのないことばかりだった。こちらでもテニスを続けている、最近よく氷帝にいた頃のことを思い出す、この間手塚に会って少しばかり話をした、云々。なぜこんな手紙を書いたのか、一体どんな表情で書いたのか。そういえば俺は一度だって彼の考えていることをわかったことがなかったのだと、思い出した。
 また皆で集まってテニスがしたい、というような文を最後、尻切れトンボに手紙は終わる。一番下の署名の前には、ためらったような小さいインク溜まりの跡があった。
 手紙を元に折り畳んで封筒に戻そうとして、カツンと何かが引っ掛かり、俺は首を傾げた。まだ続きがあるのだろうか。
 中を覗くと、固い紙が一枚だけ入っているのが見えた。どこか見覚えのあるそれを取り出すと、何のことはない、ただの写真である。誰が撮ったのだろうか、二人で話をしているらしいそれの中で、俺と彼は小さく──彼は殊の外控えめに──、笑みを浮かべていた。……こんな風に二人で笑ったことなんて、あっただろうか。
 まったく、本当に全然、覚えていない。
 けれど、これがたまたま出てきて、衝動的に手紙を書いて、送るところまでしてしまった心境というのは、…写真を見て、なんとなくわかった気がした。
 ひとしきりそれを眺めてから、しまうためにもう一度封筒を手に取った。……と、写真の裏に何かが書いてあることに気づく。
 また筆記体で書かれた、しかし幾分か読みやすい、ほんの少しの文。目をすがめて、それを読む。




 I loved you.
 Only it is true.




 ……どうして、どこに忘れていたのだろう。置いてきぼりだった感情は、思い出は、少しも成長しないままだ。

 いつ買ったのかもわからないレターセットを開いて、黒いペンを手にとった。どんな言葉で書けばいいだろう。一言だけでいいのだろうか。もう言っても意味のない、過去形の想いを。知らず涙が零れるような、そんな風に思い出して、もしかしたら今だってどこかで懐(いだ)いているそれを。

 ──俺も本当に、大好きでしたと。


(愛していました。それだけは本当です。)


20110627/いつかのエデンへ


←[back]



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -