柳生君の場合
(病んでいるのかいないのか)




「伸びていますね」
 切ったばかりのりんごを差し出してぽつりとこぼした言葉に、幸村君は首をかしげた。
「爪が」
「…あぁ」
 受け取ろうとさしのべたままだった自身の右手に視線を落として、そううなずく。私がその手にりんごを置いて、幸村君が手を引っ込めたとき、ちり、と彼の爪が触れた場所にひっかかるような感覚が走った。──おや、と思う。よく見れば爪の先はぎざぎざといびつな形になっていた。何気なく左手をとって見てみても、やはり。

「……幸村君」
「ん?」
「爪を噛むのはよくありません」
 掴んでいた左手がかすかに強張った。……幸村君はふらりと私を見てすぐに視線を逸らし、揺らいだそれを布団に落とす。そして先ほどと同じように、しかし今度はどこか諦めの混じったような声音で「あぁ」と答えた。癖になっていたみたいだ、と続ける。

「……切りましょうか」
 鞄から小さな爪切りを取り出して言うと、幸村君はどこか皮肉っぽい笑みを浮かべた。「……ずいぶん用意周到だね」
「紳士ですから」
 説得力がある、と呟いた彼はまた笑みを重ね、爪切りを取ろうと伸ばしたらしい右手を私がとらえると目を丸くする。次いで、行動の意味を理解してか困ったように眉を寄せて笑った。
「自分で切らせてもらいたいな」
「大丈夫ですよ」
「何が、というか……なぜ?」
「私ですから」
「………」
 あきれたような、拍子抜けしたような、諦めたような、微妙な笑みを残した表情で幸村君は「説得力がある」と呟くように言葉を落とした。



「──君も、大概意地が悪いな」
「心外ですね。…心配しているんですよ」
 正直にそう告げれば目を細めて「知ってるさ」なんて答えるくせに、揃えられた両手の爪をどこか悼むように眺めたりするから、誰も何も言えないのだろう。黄ばんでしまったりんごにまた手をつけた幸村君の横顔から、そうっと視線を逸らしてそんなことを考える。
 拒絶があまりにもさりげないから、迂闊に触れることもできない。弱さがあったって構わないなどと思いながら、踏み込むことで以前見たように──自分達の知る姿が消えてしまうことを恐れる。 私達の関係は、おそらく私達が思っている以上に危ういのだろう。

 それでも信じているし、信じていたいし、信じられていたいときっと互いに願っているのだ。

「……ねぇ、柳生」

 静かな声に目を上げると、シャッターを切るように幾度かまばたきをして、幸村君は目を閉じた。唇が何か言いたげに動いて、やがて伏せられた目蓋のラインとともにそれはかすかな弧を描く。 目を開いて彼が言ったのは、約束のような言葉遊びだった。


「……大丈夫だよ、俺だからね」
「えぇ、私達もいますから。」



20111231/柳生君の場合(あとがき





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