仁王君の場合


「仁王に似てるよ、この子」

 そう言って差し出されたのは白い猫だった。黄色い目、糸のような瞳孔。こちらを睨(ね)めつけるような不服そうな表情をしている。野良猫らしい、少し薄汚れた毛並みが可愛げのなさに拍車をかけていた。

「……どこが?」

 ある程度予想はついているものの訊ねてみると、幸村は目を細めて答えた。
「毛の色と、目の色と、目つき」
 でれーんとぶら下げられた猫がびゃあとおかしな鳴き声をあげた。幸村は楽しそうに猫を見つめる。生き物を愛でる喜びとおもちゃで遊ぶ楽しさとがない交ぜになったような、空恐ろしいものを感じる視線をしていた。ここのところ校地内に出没するようになっていたこの野良に、幸村は初めて遭遇したらしい。思わず捕らえて、偶然出会った俺に報告した、と。

「それに野良猫っていうのがもう仁王だよね」

 いつのまにか話が続いていた。

「意味わからんこと言わんでくれんか」
「仁王は猫っぽいし、野良っぽいよ」
「人の話聞いちょるかお前さん」

 今のは説明だったのに。
 当たり前のような顔で幸村が言う。そんな『何がわからないのかわからない』みたいな表情をしないでほしい、と思った。びゃあぁ、とまた猫らしからぬ声が白猫から聞こえた。
「びゃーびゃー鳴きよるの」
「まあずっと抱かれてるしね」
 わかっているなら離してやれば良いものを、と言いかけて、近くからしたガサリという音に気を逸らされる。白猫よりは幾分か小綺麗な、しかし白猫と同様に野良らしい様子の、青みがかった灰色の猫が俺達を見すえていた。その足元に、まとわりつくように黒い子猫も見える。
「この子の家族かな」
 幸村はつぶやいて、あっさりと猫を解放した。「ロシアンブルーの野良なんて珍しいね」。そう笑う。灰色の猫はロシアンブルー、という種類らしい。
 駆け寄ってきた白猫を一瞥すると、灰色の猫は澄ました顔のまま、ついて来いと言わんばかりに背を向けた。
 黒い子猫は跳ねるように茂みに消え、白猫もすたすたと去っていく。あれは、と知らず知らずの内に口に出していた。
「あの灰色のは、幸村じゃな」
 笑ってみせると首をかしげる。

「……そうかなぁ」
「キリッとしたトコとか、小ギレイなトコとか、似とるじゃろ」
「俺、キリッとしてるのか」
 そう言って幸村が笑った。
「ほんで黒いちっこいのは──」
「赤也」

 クイズを当てるように幸村が言い、俺はもう一度笑ってみせる。
 休み時間の終わりを知らせる鐘が、耳に遠く届いた。



20110722/仁王君の場合(あとがき





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