桑原君の場合


 こんなに花の似合う男というのも、そうそういないと思う。

「なんかさ、CMとかに出てきそうだよな」

 ぽつりとこぼれた言葉に顔を上げた幸村は不思議そうに首をかしげた。何の話かわからなかったらしい。……今の一言だけでわかったら、ある意味おかしいけども。

「何が?」
 っていうか誰が、かな? と付け足し、小さく笑って額を拭う。そのまま顔の横で止まった手の、使い込まれた軍手に付いている藁のようなものをつまんで「幸村が」と答えると、弧を描いていた口がぽかんと開いた。あぁ、また説明不足か。
 幸村がすぐに細い眉をつり上げていたずらっぽい笑みを浮かべたのを見て少しだけ後悔した。……えーっと。
「……ジャッカルってたまに言葉足らずだよね」
 くすくすと笑う口元を押さえた、軍手をはめた手。しゃがみこんだ先にあるひまわり畑から落とされた濃い影に、半分覆われた顔。陽が差して光る左目。光と影のコントラスト。
 一枚の絵画のような、完成された雰囲気だと思う。

「花とか……こういう夏っぽい感じがすげーなって思って」

 恥ずかしくて、似合うとは言えなかった。中途半端なかたちで終わった文章に笑みを深めた幸村は答えることはせずに立ち上がる。気まずさから逸らしていた視線を戻すと左手に持った黄色い花束に気がついて、あれ、と俺はまた口を開いた。
「ずいぶん小さいんだな、それ」
「ん?……あぁ」
 幸村が手元に視線を落とす。輪ゴムで束ねられた細い茎の先に咲く花はひまわりだ。ただし俺たちのかたわらにくっきりとした影を落としている、人間の背を悠々と越すそれではない。せいぜい膝を抜かすほどの、花も小ぶりでどこか色味も薄く思われるような、そんな。
「小さく育てた……のか?」
「そんな芸当できないさ」
 苦笑をこぼした幸村はこういう品種なんだ、と付け加えていとおしそうに花束を見つめた。一般的に知られるひまわりは飾るのに不向きだから、花瓶に挿せるような品種を探したのだと言う。
「クラスで活けようと思うんだ」
「綺麗に育って良かったな。……いや、腕か」
 そう言うと、そうだといいけど、とくすぐったそうに肩をすくめた。
「花、大切なの伝わってくるからさ。そいつらも幸せだろうなって思うぜ」
「そんなおだてても何も出ないよ」
「いらねーよ」
 揶揄するような言い方を笑い飛ばすように返せば、「いや」と幸村が声を上げた。そしてひまわりを束ねる輪ゴムに指をかける。
「これなら出るかな」
 ひまわりを一輪俺に差し出して、幸村は言った。
「え、いいのかよ」
「一本くらい別に。結構長持ちすると思うけど、できればそれなりに背の高い花瓶に挿してあげてくれるかい? 折れたらいけないから」
「おう、わかった」
「あとさっきの話だけどさ」
「おう、……え?」
 幸村は俺から一歩距離をとると、ひまわりを持ったままぽかんと突っ立っている俺を撮影するように、両手でカメラを作ってみせた。そうして、ファインダーの向こう≠ゥら朗らかに笑う。


「俺は君も似合うと思うよ。花と、夏、って」

20120805/桑原君の場合(あとがき





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