スタンド・バイ 3


 跡部が日本で式を挙げるらしい、という話を耳にしたのは、手紙の返事を送ってから一ヶ月ほどした頃だ。あれ以来特に音沙汰もなく、これで何もかも終わったのだろうかとぼんやり考えていた矢先だった。
 日本に来るのかと思わず電話口の岳人にたずね「当然だろ」と呆れられたのがその時のこと、来日の報を聞いてどうせだったら久しぶりに全員で集まろうという話になったのが二週間前で、どうにかこうにか跡部と連絡をとれたと聞いた(滝が何とかしたそうだが詳細を聞くことはできていない)のが一週間前。

 そして、今日がその当日だった。
 ごくごく普通の居酒屋へ樺地と共に無駄に颯爽と現れた彼は予想以上に俺たちの知るいつも通りの跡部で、その昔駄菓子を買って物珍しげに眺めていたのと同じような目をして安いビールやらつまみやらを楽しんでいた。飲みながらなんやかんやと騒いでいるうちに気づけば解散する時間になり、案の定潰れた岳人をどうにか歩かせて居酒屋から出たところで、跡部に呼び止められて立ち止まる。宍戸と慈郎になかば押し付けるようにして岳人を任せ向き直ると、跡部は何かを手に持って、そのまま、立ちつくしていた。
「……跡部?」
 声をかけると、跡部はまっすぐに俺の目を見る。瞬間射抜かれるような錯覚がして、跡部は呆れたように──あるいは、おそらくは自嘲するように笑みを浮かべた。「手ぇ出せ」などと言われるままにしたがって、ぽん、なんて軽い感触と共に渡されたもの、見覚えのあるそれに間の抜けた声が漏れる。

 ビロードに包まれた、てのひらにすとんと収まるほどの、小さな箱。高等部卒業の直前、別れる間際に、俺が跡部に渡したものに違いなかった。アイスブルーの瞳には今、ゆるゆると目を丸くする自分が映っているのだろう、なんて考えがぼんやり頭に浮かんだ。「まだ、持っててくれたんか」。ぽつりと言葉が零れた。
 結婚のことを知っていたからかあるいはあまりにも昔のことだからか、返されたということへのショックよりも口に出した通りに感動しかけた感情の方が大きかった。跡部はゆっくりとうなづいて、「じゃあな」とあっさりきびすを返す。
 跡部が足を止めないから追いかけることはしない。それでも後ろ姿に呼びかけた。「式には呼んだってな」と言った声は呟くようなもので、それでも無言でひらりと右手が振られるのを、見た。
 終わることが前提の関係だった。だから用意された離別の直前に、俺たちは当然のように別れたのだ。だからその時渡した指輪に彫った文章は、店員に勧められた愛の言葉ではなかったのだ。今でも覚えている。箱を開いて、新品同様に輝く銀の指輪を取り出した。少し距離のある街灯の小さな光さえしっかりと反射するその内側に、刻まれているはずだと覗きこむ。

「──……あれ?」

 まさか。
 ……そんな。
 よく知った文の隣に刻まれた、イニシャル。そう、丁度隣に頼んだはずだった。いまさらな話だと思いはしつつも恥ずかしくなって、Y.Oとお願いしますと言ったとき不覚にも声が震えた、そこに──確かにK.Aと刻まれていた。

 返されたのではなかったのだと、悟った。贈られたのだ、最後の最後に。跡部は昔よく俺のことをロマンチストだと笑ったが──
「大概やで、跡部」
 言葉がこぼれ、小さく開いた口はそのまま笑みを描いて緩んだ。こんな恋があったって、いい。素直にそう思った。俺たちは確かに恋をしていた。子どもみたいに、最後の最後まで、恋だけだった。



May you always be happy.
──あなたが、いつでも幸せでありますように。
20120404/幸せであれ


スタンド・バイ/End.(あとがき


[back]→



「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -