ひみつ

赤い糸を手繰り寄せて
たどり着いた指先が
君じゃなかったとしても



 未来というものについて時たま思いを馳せると、自分のおかれている状況と相反してひどく幸福な気分になる。たとえば彼がいつしか就職──彼はテニスから離れたがらないだろうからどこかのテニスクラブのコーチか何かになると仮定する──して、そのうち結婚して、彼にそっくりな子どもが生まれたりして、ああ。もし女の子だったら蝶よ花よと可愛がるに違いない、古い友人の前などではきっとひたすら照れくさそうにしながらも絶対に目を離しはしないのだ。男の子だったらきっと宍戸さんとそっくりに育つだろう、小さい頃からテニスを教えたりして、たくさん傷を作ってお嫁さんに怒られたりして。宍戸さんが結婚する女性なのだから、お嫁さんもきっと、とても、素敵なひとだろう。口癖まで似る二人を見てほほえむような、ああ──ああ、 ああ。きっときっと彼は素晴らしい家庭を築けるだろう。……そんな風に考えて、ふと自分の思考の気持ち悪さに気づいてはっとしたりする。近くにいた誰かに、何をニヤニヤしてるんだ、と突っ込まれたりもする。

 そうやって思い描く未来に、いつだって俺の姿はない。



 それが何より幸せだと思う。



 握った手の感触は、文字にするならザラザラだとかゴツゴツだとか、そういうものになるだろう。数えきれないほど重なったまめやすり傷の痕は宍戸さんの努力の証拠であり、俺の誇りでもある。このひとの手は俺にとって世界一うつくしいものだ。見目麗しく爪や肌が整ったやわらかな手ではなく、これこそが。この手に刻まれた歴史のすべてが、俺の愛するすべてだ。
「宍戸さん」
 呼びかければ、照れくさそうな声が返ってくる。俺は手をとったまま歩き出す。少し慌てた声はすぐに俺の背中を追ってきた。

「長太郎、手」
「ちょっとだけですから」

 ね、とねだる俺の顔はきっといつものように笑っている。宍戸さんが小さくため息をついた。ほとんど力を込めていない手はしかし、振り払われることもなく、夕陽の中で俺達の影を繋げていた。仕方ねーな、という言葉が耳に届く頃、合わさったてのひらが少し熱くなる。そうして彼も笑みを浮かべるのだ。「コドモ体温だな、お前」

 ほんのささいな憧れから始まった恋は、気づけば取り返しのつかない場所までたどり着いていた。一緒にいられるというこの最上の幸福を手放すのは、しかし決して難儀なものではない。俺が願うのはあくまでも、宍戸さん自身のしあわせだった。
 別れを告げられれば笑顔を返せる自信がある。宍戸さんもきっと二人の未来を思って言ってくれるのだ。誰にも祝福されない関係であることははじめからわかっている。将来は二人ともごくごく『普通』に生きるのだろうと思う。俺達はよく聞く糸で結ばれてはいなかった。そんなはずもなかった。それでも何かで繋がれてしまった。そしてそれは、永遠に断ち切られないのだ。
 俺達二人の関係の名前は変わって行っても、繋がりがなくなることはない。俺達を繋ぐものが赤い色をしていなかったから。

 それが俺達の何よりの幸福だった。


 何年後か。何ヵ月後か。明日だって構わない。
 たったひとつの平凡な幸せのために手を離すその時、当たり前のように笑えると、俺は胸を張って言える。


 肉刺だらけの手の美しさは俺だけのものであり──抱えていく一生のひみつは、俺達だけのものなのだ。
20121225/ひみつ

   恋じゃなく愛な長太郎。幸せを願うということ。
   でもこういう自己完結ってどうなんだろう



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