もしもの×××



「もしも、私がきみに告白をしなかったら、──としましょう」

 仁王君。
 そんな提案とともにぴしり、と目の前に突き出された人差し指を、とりあえず握って曲げようと試みながら口をついたのは「面倒くさい」という我ながらにべもない言葉だった。
 告白しなければ、というのはイコール付き合わなければという仮定になるのだろう。生憎これ以上ないほどに興味をひかれないテーマである。ぶっちゃけどうでもよかです。

「んなこと考えても意味なかろ」
「もし、もしもです」

 なげやりな俺の手を振り払って真面目に聞きたまえ、と眼鏡に手をやった柳生の眼はいやに真剣で、やはり面倒くさいと思う。仕方なくさっきまで噛んでいた紙パックのストローを口から離し、そんで、と呟くように促した。

「そんで、告白しなかったとしたら、なんじゃ。」
「もしかしたら今頃、きみには意中の女性がいたかもしれません」
「は」

 いぶかしげな視線を向けると柳生は一瞬ひるむように表情を強張らせ、しかしなめらかに言葉を続ける。「もしもの話ですよ」。
 意を決したようなその調子に半ば気味の悪いものをおぼえた。この話は一体どこに向かっているというのか。黙りこんだ俺になぜか小さくうなづいて、柳生はまた口を開く。
 もしかしたらその女性と「健全」な──話途中で何度か出たこの単語を柳生はやたらと強調した──交流を持てるかもしれない。そのまま交際に至るかもしれない。そんな風に、もしかしたら、もしかしたら、


「仁王君、きみは私と共にいる今、この今≠謔閨A幸せかもしれません」


 らしくもなく必死な身ぶり手ぶりを交えて非常に回りくどい口調でそんなようなことを言い終えた柳生は情けないとしか言い様のない表情で口を閉じた。こんなところまで几帳面な真一文字と対照的に俺はポカンと口を開けている。開いた口がふさがらない、とは、このこと。

「柳生」
「はい」
「おまんはほんにアホじゃの」
「はい、え?」

 覚悟を決めたように(それはもう間抜けな真面目さで)相槌を打っていた柳生は拍子抜けした表情で眼鏡を押さえる。動揺するとずれるのか。
 くだらん、と呟いてでこぼこしたストローをくわえた。ずここという音がして、しかしパックは大げさにへこむものの淡い(というより中途半端な)甘味が舌に触れるばかりである。中身というほどの中身はもう残っていないようだ。傍らにひしゃげた紙パックを置いて「柳生」とまた呼んでみれば、納得いかない様子の柳生はしかし、いつも通りの調子ではいと応える。

「俺の愛情そげに足らんか」
「そもそも仁王君から愛情と呼ばれるほどのものを受け取った記憶がありませんが」
「『ほどのもの』て。人聞き悪かぞ、俺は愛情溢れとるじゃろ」
「どうだか」
「柳生好いとうよー愛しとるぜよー」
「はいはい」


 さっきまでとうってかわってあしらうように相槌を打つ柳生は、俺から見れば、割と幸せそうだと思うのだが。
(……いけんのかのう)(はい?)(何でもなかー)



20120129/もしもの幸福論



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