凍るゆび 2/2



 謙也さんはたまにこういう風に、自己完結的に会話を終わらせるときがある。そうしてその後大抵、あまり口を開かなくなるのが常だった。
(……何なんやろ)
 もし何か悩んで考え込んでいるのだとしたら、それはそれで面倒くさい、かもしれない。

「謙也さん」
「ん?」
「はよ食って出ませんか。…ちょお歩きたいんで」


 ×


「寒いなぁ」
「……またそれ」
 間を埋めるように呟かれた言葉に呆れて返す。縮めた首に巻かれている鮮やかな紅白のマフラーが、枯れ葉と丸裸な木に不釣り合いだ。

「寒いもんは寒いわ。あーあ、終わってしもてんなぁ、ほんまに」
「何が」
「夏」
「……は?」

 何を今さら。そう言おうとするものの、彼の目を見て、うまく言葉が出なくなる。──…あぁどうして、
 いきなり、いきなりすぎる。

「ほんのすこっし前まで、」

 そんな、遠い、
 大人のような表情になるなんて。

「財前と暑い暑い言いながら、練習帰りにアイス食ってた気ぃしとってんけど」
「……あんた、」

 ほんま、面倒くさい。
 吐き捨てるような言葉に謙也さんが反応を示す間もなく、奪うように赤い右手を握り歩き出す。戸惑ったような声が聞こえてくるが、振り返りはしなかった。なぁ、財前、なぁ、
「財前の手、冷たい」

 足が止まる。

「……誰のせいすか、あほやな」

 声の調子からすると、笑えていたようだった。振り向いたことで安心したのか彼も小さく笑う。ぎこちないそれがはがれ落ちて、すまん、と、こぼれ落ちるような謝罪も聞こえた。心底申し訳なさそうな、あぁ、何に対して謝っているのだろうか、この人は。手が冷たい原因以外に。
 手を握っている理由だったら謝られるいわれはない。そもそもの関係に関してだとしたら謝ったことを謝ってほしいレベルになる。少しだけぬるくなった手を握りなおすと謙也さんはぎゅうっと目を細めた。
 逃げたがっているように思えて、力をこめたまままた歩き出す。
 容赦のない向かい風がむき出しの耳を痛めつけた。冬だ。当たり前、だ。三年の先輩達はみんな、進路やら何やら忙しそうにしている。謙也さんだってそうだった。そして大体の先輩が口にする高校や専門学校は、それぞれ違ったものだ。謙也さんだって、そうだった。
 いつまで経っても冷たいままな俺の左手のなかでぬるい体温を保ち続ける謙也さんの右手は、いつまで経っても力の入らないままだった。


 離さなければならなくなる前に、強く、握り返してはくれないだろうか。
 さもなきゃ振り払われた方がずっと楽なのに、この人はそれを知らないのだ。


20111204/凍るゆび(あとがき



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