コーヒーブレイク



 コト、と音がして、目を上げた。

「お疲れさま。」

 笑顔で言った萩之介は、俺の机に置いた缶コーヒーを置き去りに生徒会室の中央にあるソファへ腰掛ける。
 手にとってみるとまだかなり熱く、どうやら買ったばかりのもののようだった。

「……わざわざ寄り道して買ってきたのかよ」

 書類を届けるよう頼んだ職員室に行く道には自動販売機はない。呆れ混じりに問えば、「途中で樺地に会って、やってくれるって言うからお言葉に甘えてみた」と更に呆れさせてくれる答えが返ってきた。
 道理で先に使いに出したのに帰ってきていないわけだ。

「お前な……」
「ついでだからって言ってたから、ついね。寒かったし」

 しれっと言う横顔の口元が微かに上がっている。ため息を隠す余地もない。
 しかし寒いというのは事実のようで、萩之介は鞄をごそごそとあさり、タータンチェックの毛布を取り出した。はた目にも暖かそうなそれをひざにぱふ、とかぶせ、ゆっくり両手を擦りあわせる。

「まだ暖房、いれないんだっけ」
「11月からだからな。今日みたいに寒い日も今月はもうそう多くねぇだろ」

 手の中で缶をくるりと回す。多少ぬるくなってはいるが、暖まった手の熱も加わって、別のぬくもりが生じているように思う。
 なんだかんだと言ってもこれはありがたい。……などということは決して本人には教えないが。

 飲まないのかい? と、うかがうような調子で萩之介が訊ねた。安物じゃお気に召さなかったかな。そう茶化すように笑う。

「手が冷てぇんだよ」

 言いつつも開けて、半分程一息に飲んだ。じわりと熱が広がる感覚が心地いい。
 飲みさしの缶を持ったまま立ち上がり、萩之介の座るソファにどさっと腰を降ろした。そのままコーヒーを持った手を横に突き出す。
 また両手を合わせていた萩之介は驚いたように俺を見つめ、そしてふわりと笑った。

「君って本当……」

 言いかけて、俺の睨むような視線に気づいたのか口をつぐむ。
 うっすらと笑みを浮かべたまま、赤い指先を緩慢に伸ばして缶を受け取った。

「人肌だ」
「気色悪ィぞ」
「ひどいこと言うじゃないか」

 何がそれほど楽しいのか、缶を両手で包み頬に押しあててくすくすと笑う。

「さっさと飲め。冷めるぜ」
「手暖めたいんだよ」
「同じこと言ってんな」

 笑ってみせればまた嬉しそうに目を細める。やがて満足したのか、萩之介は缶に口をつけた。
 存外に男らしい喉が上下するのを視界から外し、ひざに目を落とす。毛布は薄手だが、やはり暖かそうだった。
 ……ねぇ、と唐突に声があがる。

「実際少し疲れてるだろ、跡部」

 空になった缶がソファの正面のテーブルに置かれる音に、その言葉は重なった。
 目を上げると萩之介は依然として笑みを浮かべたままだった。何も答えずにいれば、慈郎が言ってたから間違いない、とよくわからない確信を付け加える。

「慈郎頼りかよ、あーん?」
「俺も少しは思ってた」
「……本当かよ」
「……言われてみれば、みたいな」

 それは思っていたには入らない。
 ──だから、といささか強引なつなぎを入れて、萩之介は爪でテーブルの上の空き缶をはじいた。

「コレは差し入れだよ。働き者の跡部君に」
 嬉しいだろ?と得意げに笑う。

「………バーカ。」
 呟いて、俺は笑い返した。




20110425/コーヒーブレイク(あとがき



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