小さい頃は雨が好きだった。

買ったばかりの長靴や、雨具を広げるのが好きだった。
匂いが好きだった。
雨粒が傘を打つ音が好きだった。

何よりも世界がぼやけてしまう感じが、自分以外が不透明になる感じが、たまらなく好きだった。


でもそれは昔の話。
今は雨なんて大嫌いだ。

頑張ってセットした髪も、化粧も、濡れれば全てが無駄になるから。
残るのは虚脱感、ただそれだけ。

雨のカーテンは、この閉じた世界に一人だけ、と認識するには十分すぎるほどだった。





「風邪引くぞ。」



ふと雨が止んだ、と思ったら、濡れたままの私にデンジが傘を差していた。
降り注いでいた雨が途切れ、私はひとりぼっちではなくなる。


どうして、ここに?



「お前の行きそうな所ならわかるっての。俺をなめんな。」



彼にはいろいろとお見通しらしい。
私の思いも口にすることなく、答えてくれた。

ざぁざぁ、と雨の降る音はさっきと変わらない。



「皆心配してる。」



うん、知ってるよ。
だってやさしいひとばかりだもの。



「俺だって心配した、」



感情をあまり表に出さないデンジが、なんだか今日は素直だ。

その事実に少しだけ笑えた。



「おら、帰るぞ。」



ぐい、と手首を引かれ体勢を保つため反射的に足が前に出る。
そのまま彼に連れられて歩く形になった。

傘にはデンジと私が入っていて。
二人の耳に、雨粒が激しく傘を打つ音だけが響く。

この不透明な世界で彼の髪だけが眩しく見えた。


ねぇ、デンジ。
何があったか聞かないの?



「何があったかは聞かねぇよ。どうせお前は何も言わないんだろ?」



私の想いは雨に消されることなく彼に届いて。



「今ナマエがここにいる。それだけで十分だからな。」



そしてあなたは私が欲しい言葉をいつも与えてくれる。
私はどれだけ彼に救われているのだろう。


心配かけてごめんね。
見つけてくれてありがとう。



「どーいたしまして。」



ぶっきらぼうに言うデンジ。

前を歩く金髪を見ながら、なんだかわからないがもう大丈夫、漠然とそう思った。


デンジは私専用の魔法使いなのかもしれないね。










レイニーマジック
(私の世界を彩るあなた)





∵ヒロインに何があったのだろうか。
BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
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