「マツバさん好きです結婚してください!!」
「やあ、久しぶりだねナマエちゃん」
「夕日に照らされるマツバさん、プライスレス」
「それはどうもありがとう」
日の傾き掛けた夕方、道端で突然抱き着かれたと思ったら、彼女は意味のわからないことを言って毎度お馴染みの挨拶をしてきた。始めこそは驚いたものの、今ではもうすっかり慣れてしまった。この子と初めて出会った時でさえ第一声に類似した事を言われた。
“一目惚れって本当にあるんですね、結婚してください!”
それからこの子に会う度に結婚を迫られる。正直言ってかなりしつこい。いきなり結婚だなんて色々と踏むべき順序がぶっ飛んでいるじゃないか。
しかし、最近気付いたのだが、ぶっ飛んでいるのはこの子の頭だ。
「マツバさん買い物にでも行かれるんですか?」
「いや、その帰りだよ。このスーパーの袋見ればわかるだろう?ということだから、僕は帰るよ」
「あー、エコバッグじゃない!駄目じゃないですか、今の時代はエコですよ!」
人の話を聞け。
どうしてこの子と話すと言葉のキャッチボールが上手くいかないのだろうか。
理由は簡単。お互いの言葉が一方通行で平行線を辿っているからだ。
だからナマエちゃんと会話をするときは酷く疲れる。どうにも苦手だ。
かと言って嫌いか問われれば、そうではなかったり、する…わけで。
実は言うと滅多に会えないこの子との会話が楽しみだったりもする。言っていることが矛盾しているのは重々承知だ。
「じゃあ今日マツバさんちに泊めてくださいよ。ね!」
「だーめ。何が“じゃあ”なの。大体君はトレーナーなんだからトレーナーらしくポケモンセンターに泊まりなさい」
「トレーナーズカード無くしちまった!」
「見え透いた嘘をつくな」
ナマエちゃんの一言ひとことを端から切り倒していくと、彼女は、ちくしょーとかぶつぶつ文句を垂れる。眉の間にはシワが寄っている。
……可愛くない。
「せっかく愛しのマツバさんに会えたのに…。うかうかしてると誰かにとられちゃう」
「誰にとられるっていうの……」
「ミナキさんとかミナキさんとかミナキさんとかなんだぜ!」
「気持ち悪い」
なんで僕が男のミナキくんにとられなきゃならないの。しかも無駄に口調を彼に似せているところに腹が立つ。ミナキくんが僕を……。ため息をつきたくなった。考えなくても気持ち悪い。
ナマエちゃんの発想はやっぱりどこかぶっ飛んでいる。
「ほら、もう暗くなってきてるからそろそろ帰らないと」
「えーマツバさーん」
「そんな声出しても駄目。……ポケモンセンターまで送ってあげるから」
そのくらいしてあげても構わないと思って言うと、始終騒がしかったナマエちゃんがぱっと静かになった。
あれ、まさか余計なお世話だっ…。
「マジですかマツバさん!!うっわー、ありがてぇ!!」
…たわけないよね。うん。
「いやー、このままマツバさんと別れていたら危ないところでしたよ、私の精神が。最悪の場合ショック死も考えられた」
「それは随分なガラスのハートの持ち主だね」
今夜は御赤飯だ!と騒いでいるナマエちゃんの手をとってポケモンセンターへと向かおうとする。しかし、彼女を引いた腕はぴんと張ってしまって前には進めない。
「ナマエちゃん?」
「ままままマツバさん、ててて、て……?」
「……手?だって君、目を離したらすぐにいなくなりそうじゃないか」
「…どんだけ信用無いんですか、私」
そう言いつつも、頬を染めてナマエちゃんはぎゅっと握り返してきた。意外。普段恥ずかしいことを考えもせずやってのけるのに、結構ウブなんだ。
手を繋いだことが彼女に余程の効果を発揮したようで、今度こそ本当にナマエちゃんは静かになってしまった。何も言わず、俯きがちにちょこちょこと歩いている。
……自分でやったことだけれど、まいったな、これでは調子が狂う。
「ナマエちゃんが静かになるなんて珍しいね」
「そんな、私だって始終喋ってるわけじゃないですよ!」
「そう?少なくとも僕といるときはこんなに君がだんまりしてることが無かったけど…」
「な…っ」
バッと勢いよくナマエちゃんは僕を見上げてきた。その顔はあからさまに混乱状態で、思わず吹き出してしまった。ナマエちゃんには悪いけど、だってちょっと可笑しい。
「いつもの調子が出てないみたいだね」
「そんなこと……ちょっと待って下さい。頭の引き出し開きますから!」
「いや、無理しなくても…それにほら、もう着いたよ」
「ええ!?」
目の前に建つポケモンセンターをみてナマエちゃんは目を丸くした。どうやら歩くのにいっぱいいっぱいだったらしい。
「この時季の夜はまだ冷えるから早く中に入りなさい」
「もうちょっとお話してたいです……」
「ごめんね、夕飯の支度もしなくちゃならないから」
「えー…」
「こらこら我が儘は良くないよ」
くしゃりと頭を撫でて諭すとナマエちゃんは不満そうに俯いた。どうしたものかな。そう考えたがすぐにいいことを思い付いた。
「ナマエちゃんがちゃんと言うこと聞いてくれたらさ、」
言いながらも彼女の頭に乗せていた手を後頭部に下ろし、ナマエちゃんの耳元へと顔を近付ける。
「今度デートしようか」
わざと耳元で低い声で言うと、ナマエちゃんはびくりと体を震わせた。
ね?
ぱっと顔を離して問い掛けるとナマエちゃんは顔を真っ赤にしてポカンとしていた。
正確。やっぱりこういうのに弱いんだな。いいことを知った。
「もしかして嫌かな?」
「そっ、そんなことないです…!是非ぜひお願いしたく存じます……!!」
「なら良かった」
それじゃあ今日はもうお休み?そう言うとナマエちゃんは、はいっ、お休みなさい…!!と凄い勢いで明かりの漏れるポケモンセンターへと飛び込んでいった。
耳まで赤くなった彼女を思い出して、思わず頬が緩む。
可愛いところもあるじゃないか。
きっと近いうちにまた出会うことがあるだろう。満更でもなく、むしろその時が楽しみだなんてこと、彼女にはまだ言ってあげない。
……いい反応が見れることも知ったしね。
趣味が悪い?まさか、騒がしい彼女の対処法だよ
(いつも僕だけが振り回されるなんてつまらない!)
∵面影さまのフリリク企画に参加して頂いた物です!「マツバギャグ」という無謀なシチュにこんな素敵なもので答えてくださって・・・!
鼻血が出るかと思った。