今日一緒に帰ろうぜ、と教室移動のとき廊下ですれ違いざま和成に言われたときはそれなりにびっくりした。今日は部活がオフだからとかなんとか言っていたけど正直なところ理由よりも一体そんな誘いはいつぶりかという点が問題だ。

私たちは物心ついたときからお互いが傍にいるのが当たり前という世間での「幼なじみ」にばっちり該当する間柄で、それは今もつつがなく継続している。男女共に色恋に興味を持ち始める頃になると同級生たちにありがちな冷やかしをされたりもしたけれど、私も和成もそれを気にしてぎくしゃくするほど繊細に出来てはいなかったのか名前呼びのままだし特別溝も出来ていない。
とはいえ、高校に上がってからクラスが分かれ和成がバスケ部に入ると顔を合わせる時間がぐんと減ったのも事実。高校ともなると同じ部活といえど拘束時間やハードさが中学とは段違いなせいだろう。ましてや私は帰宅部。意識して会おうとしなければごく近所のはずなのに登下校時に出くわすことすらなくなった。

そんななかでの「一緒に帰ろうぜ」。動揺する私を誰が責められようか。嬉しくないと言ったら嘘になる。会いにくくなったことに漠然とした寂しさを感じていたことは紛れもない事実だし、むしろ願ってもない申し出ですらあるかもしれない。そういった感情の根源が何なのかは薄々気付いている。だからこそ、余計戸惑った。だって和成がどう思っているかはさっぱりだ。十何年も続く関係の均衡は案外危ういから、下手につつくのはこわい。

「よ、お待たせ」

悶々と考えているうちに待ち合わせした昇降口に当の和成が姿を見せた。やっぱり飄々としたその表情は心を読み取らせてくれない。なんで今日誘ったの、そう口で聞くのは簡単だけれど部活がオフだからの一言ではぐらかされそうな気がするし。

「なに小難しい顔してんだよ」

「な、んでもない」

「そうかー?」

ひょいと私の顔を覗き込んだ和成は、当たり障りのない返事を聞くと首を傾げながらも帰路を辿り始める。
それに続きながら、ふと思い当たることがあった。そういえば私たちが一緒に歩くときはいつだってこうして私が和成の後ろを歩いていた。決して隣同士でなく。大元は多分幼い頃の出来事だろう。ある日私たちが手を繋いで散歩をしていたとき車道側を歩いていた私が車に轢かれかけたことがあって、それ以来和成は私を隣に立たせなくなった。
きっと幼心にも責任というものを感じたんだろうけど、和成のせいじゃないんだからそんな頑なになることはないのに。しかもそのくせ中学に上がった辺りから時々後ろを振り返ってはじっとこっちを見つめて溜め息を吐くようになった。私にはその行為の意味が分からなくて尋ねたことがあるけど「俺って結構へたれだったんだなって思って」と的を得ない落胆の声が返されただけで、やっぱり意味が分からないまま。

和成は知ってるのかな、と昔と同じように彼の背中を追いながら思う。私が後ろなんてもう望んでないこと、和成は知ってるのかな。
それと同時に曲がり角を折れると、不意に開けた視界に沈む太陽が飛び込んできた。それは何度も目にした光景のはずなのに、なんだかいつもとは全く違うものに見える。夕暮れってこんなに泣きたくなるオレンジをしてたっけ。
足を止めた私に気付いた和成もその場に立ち止まって同じように夕日を見やっている。
その刹那、ああ今だ、と唐突に思った。言いたいことを言うなら今。次にこんな風に一緒に過ごせるのがいつかなんてわからないんだから。もしかしたら、このままだともう二度とないかもしれないんだから。今まで成長するにつれて少しずつ積もっていた焦燥感が私をせき立てた。

「あのさ、和成。私ね、」

「ん?」

「もう和成の後ろにいるのはいやだよ」

ぴく、と和成は身じろいだ。けれど顔は夕日の方を向いたままでどんな表情をしているか見えない。

「もう轢かれそうになったりしないからさ、だから隣に」

いかせてよ、という涙が混じりかけの懇願は私の手を引っ張って体ごと引き寄せた和成のシャツに消えた。その代わり、本格的に涙腺が決壊しそう。ねえ、これは期待してもいいの。もう背中を見るんじゃなくて手を繋げるんだって、何回も和成が私を振り返ってたのは私と同じだったからだって、そう思ってもいいのかな。
私の目からこぼれる水でじわじわ色を変えていくシャツの胸元をぎゅうと掴むと、それに応えるように和成の額が肩にこすりつけられた。

「おっせえよ、ばか」

うるさいよ、へたれ。




(企画「慈愛とうつつ」様に提出させていただきました)

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