しかし彼が不運と言われる所以は、彼を囲む級友たちにあるのではと思う。 真面目で他人にも自分にも厳しいギンギン野郎と、天才的な才能をもった立花先輩。他にも驚異的な身体能力を持っていたり、生きる字引、学園一の武道家。 そんななか彼は薬の知識に優れているだけで大した腕力もなく、学識も乏しい方であった。 僕の知る限り、最初から不運ではなかったはずだ。少し運がないくらいで、あんなあからさまに不運だと言ってやるほどではなかった。 彼が三年の頃、僕が一年の頃。 僕が掘っていたたこつぼに、当時可愛がっていた迷い犬が落ちた。相当な高さがあり打ち所も悪かったせいか、辛うじて息はしているもののもう助からないことは素人目にも解る。 慌ててその犬を医務室に連れていけば、そこに一人でいた伊作先輩がすぐに悟ったのか犬を受け取り長屋から離れた。 何をするつもりなのか解らなかったが、自分には何もできないことは十分に理解していたから、泣きじゃくりながらその後を着いていった。 少し深い池に着くと、何の躊躇いもなく犬を池に落とした伊作先輩に声が出た。ちゃぷちゃぷと水面を力なく叩いていた手もそのうち見えなくなり、完全に沈んだときにはその場にへたりこんでしまった。 もう助からなかっただとか、明日には浮かんでくるからだなんて言葉をかけられたが録に聞いていなかった。 ただ、最後に言われた言葉は今でもよく覚えている。 「これで、あの子を殺したのは君じゃなくて僕になる」 犬を一番可愛がっていたのは伊作先輩だった。時間があいたときは必ずそいつと一緒にいたし、自分の分のご飯をこっそり与えていたのも知っている。 滲む視界の中見上げた先輩の顔は、今まで見たこともないような冷たい顔をしていた。 それからだ。彼の不運が酷くなったのは。 周りは何も知らないから適当に冷やかしたりしていたが、唯一あの事件を知る僕にはどうしても彼が罰を求めての行為にしか思えなかった。 彼を囲む級友たちは、みな身震いするほどの実力の持ち主だ。何よりも正心を重んじる彼らの中で、一番に誰かの命を奪ったのは伊作先輩だった。一番技量のない彼が、一番泣き虫な彼が。 天才的でありながら、まだ誰かの命を奪ったことのない級友たちに囲まれて何を思ったのだろう。 |