持っていた苦無が掌から放れた。火が爆ぜる音の中に、金属が落ちる独特の音が響く。
赤に染められた世界の中で、対峙している男は昔となんら変わらずに佇んでいる。ただ、目の下の黒い疲労の色が以前よりも濃くなっている気がした。



「ああ……文次郎」



間抜けな声。おそらく今の自分の表情も酷いものだろう。
あちらもまた目を見開いて、私を凝視している。今にも目玉が零れ落ちそうだ。
死体が転がる戦場で、味方ではない忍びと相対するとはつまり、殺しあわなければならないということ。
しかし動けないでいる私に文次郎は歩み寄ってきた。反射的に肩が跳ねる。



「仙蔵、逃げよう」



会わなかったことにして、背を向け味方のもとに戻ることもできる。私を殺さない代わりに他の敵方の忍を殺せばいい。
それらの選択肢を全て捨てて、そいつは私に手を差し出した。泣き出しそうなほど顔を歪めて、すがるように言われた。



「ああ……いいだろう」



だから仕方ないのだと自分に言い聞かせて、掌を重ねる。ここ最近感じることのなかった温かさにほっと息を吐いた。
すがりついたのは私のほうだったのかもしれない。





 

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