パアンと甲高い音が響いた。
掌が熱くてジンジンする。目の前で片頬を押さえて呆然としていた仙蔵の睫毛が濡れてきた。
何をすると言われなかった。ふざけるなとも怒鳴られなかった。
ただ水を張った目を大きく見開いて僕を見るのだ。





季節は巡り、かつて身に纏っていた井桁模様の忍装束は随分小さくなり、今では深緑が馴染み深いものになっていた。
は組の教室からは中庭の様子が一望でき、休み時間にそこで遊ぶ下級生の姿がよく見える。伊作はその度に教室の後ろ側にある窓から身を乗り出して、下級生らの姿を眺めるのが日課であった。
丁度窓の真下のほうで一年の子が別の子を思いっきり叩いているところが望め、痛むところを押さえ泣く少年とはまた別に、振りかざした手を見つめて今にも泣き出しそうなほどに顔を歪めている。
懐かしいなあと口元に笑みが浮かんだのは自然だった。


「何を見ているんだ伊作」
「あ、仙ちゃん朝餉ぶり〜。ほら、見てごらん懐かしいものが見れるよ」


人差し指で指し示せば伊作に習って身を乗り出し、すぐ真下にある光景に目を細めた。
泣いているほうが君で、もう一人が僕だと説明してやれば確かに懐かしいと微笑する。
いつの頃だって素直になれないのが自分たち厄介な生き物なのだ。本当は愛しくてたまらない存在の笑顔を誰よりも望んでいるのに、反して泣かせてしまうばかりだ。
相手が声を上げているのに慰めることも謝ることもできず、ただ呆然とそこに立ち尽くすしかできないのだ。


「まあ、もっとも君は泣いてはくれなかったのだけど」
「何か言ったか?」
「なんでもな〜い」


怪訝気に問う仙蔵に誤魔化すようにして笑みを浮かべれば、眉をしかめて仕様のない奴だと息を吐いた。
二階まで聞こえていた泣き声はいつの間にかやんでおり、覗けば二人とも目元を真っ赤にして抱き合っていた。仲直りできたのかな。昔の自分たちに姿を重ね、そうであればと思う。


「ところで善方寺伊作くん」
「どうしたんだい立花仙蔵くん」
「あの頃の謝罪はまだ頂いていないのですが、どういうことですかね?」


意地の悪そうな顔をして言う彼は随分と楽しそうで、まいったなと首の後ろをかいた。


「あのときできなかったぶんも君を幸せにするから、許してくれませんかね」
「ふふふ仕方ないな。それで手を打とう」


揺れるかたにあわせて肩に合わせて波打つ髪を一房掴み、その先に口付ける。
もっと素直になれば君は笑ってくれるだろうか。

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