仙蔵が文次郎に告白してフラれた話





腰のあたりまであるんじゃないかという長さの黒髪は、それだけ長くても真っ直ぐに伸び指通りのよいものだった。
それを時折鬱陶しそうに後ろに払う仕草が好きで、じっと見つめては惚れたかと囃される。
日常の中に組み込まれたその光景は、肩の上で短く切られた髪のせいでなくなってしまった。
常と変わらずやあ、と片手をあげる仙蔵に開いた口がふさがらない。何度か唇を開閉させてやっとこそ出てきた声は、顔を覆いたくなるほど裏返っていた。


「えっと……どうしたんだ、髪」

「ん?知らないか?日本の古来からの風習にな失恋したら髪を切るというものがあるんだ」


知ってるも何も、だからどうしたと言うのか。
問おうとして、慌てて口を閉ざす。つい昨日にこいつの告白を断ったのを思い出したのだ。
あのときは平気そうに笑っていたがもしかしてという懸念は、次の言葉に簡単に崩れ去る。


「そんな顔をするな文次郎。元より期待はしていなかったよ。ただな、お前に私を恋愛対象として見てもらいたかったのだ。お前ときたら私がどれだけアピールしようが、いつまでも私を友達扱いしおって」

「う……悪い」


後に聞いた話しだが、周りもあきれるほど積極的な仙蔵のアプローチに気付かなかったのは俺だけだったらしい。とどのつまりこいつの想いは周囲公認のものだったわけだ。
それも昨日、俺が全て台無しにしてしまったのだが。
おかしそうに喉の奥で笑う仙蔵に、視線を他所に向ける。これ以上は気恥ずかしくて仙蔵を見ていられなかった。


「おいおい、そんな態度を取っていいのか文次郎。私はまだ貴様のことを諦めてはいないぞ」

「はあ?」

「くっ、はははは!相変わらずふざけた顔だ」


そのふざけた顔に惚れたのはどこのどいつだ。
喉まででかかった言葉を慌てて飲み込む。そんなことを言えば機嫌が悪くなるのは長年の付き合いで知ってしまっている。
代わりにどういうことだと問えば、悪そうな顔をして俺の腹を叩いた。いや、違うな。殴られた。しかもグーで。


「髪が元の長さに戻るまでには惚れさせてやるよ。覚悟しておけギンギン蝉」

「ぐうっ……、のやろっ。ギンギン蝉って何だよ」

「お前のことに決まっておろう!」


右手を振りながら向こう側に消える背中を目を鋭くして見送る。
腹はズキズキするし、朝から変なこと言われたし、混乱の渦中に突き落とされた気分だ。ていうか自分が言っていることも含めて意味わかんねえ。
それでも、まあ、あいつの髪が好きな身としては早く何とかせねばと解決策をあぐねるわけで、結果として一日の大半を仙蔵のことを考えながら過ごすハメになってしまった。


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