お昼をすぎた学園内は、校庭を駆け回る下級生の声で賑わっている。
楽しげな喧騒を隣にした医務室では、本来敵方であるはずのタソガレドキ忍軍とお茶を飲んでいる保健委員たちの姿があった。
患者がおらず穏やかに談笑を交わす後輩、部下たちの姿を睦まじく見守るのは保健委員委員長の善法寺伊作とタソガレドキ忍軍忍組頭雑渡昆奈門である。
この二人もまたお互いに肩を並べ、揃いの湯飲みを手に持っている。
始終笑みを絶やさず楽しそうですねと語りかける伊作の手には汗が張り付き、視線もまた雑渡を捉えようとはせず、室内を左右に見渡していた。よく見れば笑顔もわざとらしいもので、ぎこちなく雑渡に話を振っている。
当の雑渡といえば、片方の目を細くして呑気そうに湯飲みを回している。
右に三回、左に一回。それを横目に見た伊作が黒目を左に二回、右に二回交互に動かす。
あまりにも自然に行われる所作に気付くものはいない。普段目敏い雑渡の部下たちも保健の下級生たちと話が盛り上がっているようで、ちらりともこちらを見ようとしなかった。
最後に雑渡が湯飲みを右に二回まわし、伊作に視線をやる。ほら、と自身の唇を口当ての上から二度三度叩いた。
そうすればみるみる赤く染まっていく頬に、口当ての下でにんまり笑む。


『ほら、早くしないと気付かれちゃうよ』

『うえ……うう、わかってますよぉ』


矢羽音を飛ばし会話を行う伊作の目尻には、ほんのり滴が滲んでいた。
あたりをキョロキョロ見渡しながら、雑渡の口当てに手を伸ばす。恐る恐る下に下げていく指先は震えていた。
全部下ろし終わった頃には泣く一歩手前。溜まりに溜まった涙のダムは、今にも決壊しそうである。
唇を尖らせて目を閉じ、これまたゆっくりと顔を近付かせる。この少し前から皆の視線を浴びていることには、あまりにも必死で気付いていなかった。
ちょん。触れるだけの口付けを落とし、慌てて胸板を押し距離をとる。茹でたこに、熟れた林檎。幾らでも表現できる真っ赤な顔をして、顔を逸らす。
そうすれば二年の後輩と目が合い、わざとらしく外された。他の後輩からも同様。雑渡の部下にいたっては憐れみの視線さえ向けてくる。
パチパチとまばたきして、今まで血の上っていた顔からは逆に血の気が失せていく。青を通り越して真っ白。今にも倒れそうだ。
そんな伊作に口の端を歪め、腰を抱き胸の中に引き寄せた。唇と唇を重ね、舌と舌を絡める。たまに歯をなぞり唇を舐めとり、好きなだけ伊作の口内を蹂躙した雑渡は満足するだけすると唇を離した。
肩に手を置いて、意味もなく頷き、立ち上がる。その間実に10秒と少し。疾風のごとく立ち去った雑渡の後ろ姿を見送り、それから数刻後、ようやく事の異常と重大さに気付いた伊作の悲鳴が学園内に轟いた。



 

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