フランス北西部の深い森の奥でそれは執り行われた。とある中小マフィアの次期ボス着任式典。式典といっても名ばかりで、言ってしまえば少し規模の大きな仲良しパーティーにすぎない。しかし中には少しでも高位のものに取り入ろうとする者、腹をさぐり合い力の示唆をしあう者。たかが中小といえども様々な懐抱渦巻くこの場で、朔は所在なさげに1人グラスを傾けていた。

「(さっさと帰りたい…)」

右を見ても左を見ても、胡散臭い奴らばかり。己の力を、富を、権力を自慢しあうこのとに何の意味があるのか。耳につく下品な馬鹿笑いとキツい香水の香りにうんざりしながらも彼はターゲットへ気を回すのを忘れなかった。
カサントキュイラス。彼の護衛をボスに命じられたのはつい先週のことだったと思う。
ランクは[竹]だったが、なんてぬるい任務だろうと思った。鷹央ら三柱には遠く及ばないものの朔も幾度となく死線を潜り抜け、それなりに経験を積んできていたためにどうやっても自分が選ばれた理由を見出すことが出来なかった。何かしら裏があるのだろうが、たかが中小マフィア幹部一人の護衛のために自分が出向くのは何のプラスにもならないと践んだからだ。そこで思い付く限り強弁してみたが、結局最後は軌章さんにうまく言いくるめられてしまった。

『朔!』
「…ん?」
ぼーっとしてたやろ、耳裏に装着したインカムから不意に聞こえてきた非難の声に朔は考えるのを止めてターゲットに視線を戻した。
「ちゃんと見てる。」
こう見えても朔はプロだ。視線を外したからといって目標を見失うような馬鹿ではない。しかしもう少しで思考の波に意識を持っていかれるところだったので、インカムの向こうでぷりぷり怒る悠飛に少し感謝した。
今は離れた場所で朔と同じように待機監視している彼神楽坂悠飛は朔の同期で、幼い頃から共に鍛錬をしてきた仲間の一人だった。もう二人、朔の同期がいるが彼らは別の任務でもう一週間程顔を見ていない。
「暇………襲う気あるなら早く襲えっての」
『それはそれで面倒やん…俺は何もなく終わって欲しいなぁ』
確かにそうか…。朔は静かにそう首肯し、残っていたワインを飲み干した。

そして何気なく視線を移した人混みの中に一瞬、よく見知ったシルバーが見えた気がしたのだ。もしかしたら気のせいかもしれない位のほんの瞬く間。しかし朔を惹きつけるには充分すぎた刹那のこと。
「……悠飛」
『なん?』
「ちょっと気になる奴見つけた。確かめてくる。」
悠飛はあいつ見てて。朔はそう言ってインカムを外し、持ち場を離れる。
揺れるシルバーを追いかけることに意識を持って行かれた彼にはもう、必死に呼び止める悠飛の声は届いていなかった。




「そんな格好で何してんの」
「っ!!?!」
こちらに背を向ける彼女にそっと近寄り、後ろから普通に声をかけたはずだというのにサテンを纏った華奢な身体はこれでもかというほど飛び上がった。
それと同時に滑り落ちそうになった彼女の手元のグラスを柔らかに支える。ここで大きな音を立てて目立たれでもしたらお互い良い事はないだろうと思っての配慮だったが、その手もすぐさま振り払われてしまった。
「あんたね、もう少しまともな現れ方出来ないの!??」
「無防備に楽しんでたから気づかなかった?」
振り払われた手を大げさにさすりながら、朔は嫌みな笑みを浮かべた。その斜め下から、まるで威嚇する猫のように警戒心を丸出しにし睨みつけてくる彼女は名をエルフェスクアーロという。『スクアーロ』と言えばスペルビスクアーロを筆頭に様々な噂をよく耳にするが、彼女は幸か不幸か兄の才に隠れた剣の使い手だった。
「…そういえばなんでここにいるの」
「遊んでるように見えたの?」
呆れ顔で尋ねられ、「見えた」と素直に頷けばコンマの速さで脛に蹴りを一発喰らった。相変わらず鉄火な女だ。いや、女と呼べる程成熟してもいなかったがしかし少女と呼ぶにはあまりにも大人びていた。それに、朔の知る『少女』はとても可憐な乙女しかいなかったのだ。
「あんたなんか今物凄く失礼なこと思ってたでしょう」
「別に」
「…まあいいわ。今日は護衛に来たのよ。」
「護衛?誰の」
そこまで言える訳ないじゃない。つっけんどんに返ってきた言葉に、それもそうかと朔は合点した。
彼女の様子から護衛に来たというのは嘘ではなさそうだった。ということは、今回は敵でもなく味方でもない。そしてこんなところでファミリー同士が悶着を起こすなんてことはない。中小とはいえ各ファミリーの要人達を集めたパーティーだ。ちらほらとそれなりに腕の立つ者も見受けられた。もしそんな事を起こす奴がいたらそいつらは相当な馬鹿だろう。
しかし暗殺は別だ。重要人物が各地から集まってくるこの機を逃すまいとありとあらゆる手を使って、目的を果たそうとする奴らが紛れ込む。
そしてきっと今回の任務が[竹]だったのは事前にヴァリアーが出るという情報を掴んでいたからだろう。念には念を。彼らを相手にできるのは三柱はもちろん俺や悠飛としばらく顔を見ていないあいつらくらいだ。
そこまで考えて、朔はようやく下からの視線に気づいた。
「何」
「人にきいておいて自分はだんまりってのは無いんじゃないの?」
「あんたらと同じだよ」
それを聞くなり彼女の瞳にわずかに安堵の色が浮かんだのを朔は見逃さなかった。しかしそれを口に出した後の彼女の反応が手に取るようにわかり、面倒くさくなった彼はそれを止めた。代わりに、ゆるりと口元に笑みを浮かべて笑う。
「ガキ」
「はぁ?誰が?」
「さあ」
知らない。くつくつ笑いながら、剣呑な眼で睨みつけてくる彼女を置いて朔は踵を返した。






「何しに来たのよ、あいつ…」
ぶつけようのない怒りをくすぶらせ、栗色が人混みに紛れて完全に見えなくなってしまってからぽそりと呟いたエルフェの声は誰に届くこともなく周囲の声声にかき消される。人混みの中で、一人取り残されたような不思議な感覚だった。
初めての感覚に戸惑っていると、つい握りしめてしまっていたグラスの柄。途端にさっきの出来事がぶり返す。後ろからまわされた細長く骨張った手、自分のそれより一回り以上大きかったそれは酷く冷たかった。
「有り得ない…」
これ以上考え込むと、気づいてはいけない思いに気づいてしまいそうだった。それはいけない。脳で警鐘が鳴り響く。有り得ないのではなく、あってはならない。
気づくな、惹かれるな、絆されるな、決意と共に彼女はぬるいオレンジを飲み干した。







(さぁーくぅーっ!)(ごめん)(軌章さんに言うで!)(それは嫌)





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