随分と前からついていけなくなった英語の授業にはもう出席することすら億劫になっていた。元々理解しようという意志さえないのだ。高校一年の半ば、些か早すぎる気もするが英語という教科についてだけは朔は既に諦めの境地に至っていた。
「あっつ…」
じりじりと照りつける太陽と地面からの照り返し。それだけでもうんざりしているのに、更にけたたましく大合唱する蝉らの声が暑さを割り増しにするから適わない。
今が英語の時間じゃなかったら、このくそ暑い中好き好んで外に出たりなんかしない。しんと静かな校舎を離れ、じくじくと肌が焼けるのを感じながら朔は一人別棟にある部室へ向かっていた。
つまりは、サボりに行くのである。
校舎内の空き教室なんてどこも鍵がかかっているし、保健室も通いすぎてそろそろ言い訳のネタが尽きていた。
部室だったらまず見回りの先生に見つかることはないし、コンクリート固めの建物は外よりずっと涼しいし。何より、あの使い古された狭い部屋は存外居心地がよかった。
鉄製の少し錆びた扉を引いたらあった薄い栗色に、人がいるなんておもってもみなかった朔はぎくりと身を強ばらせた。
一番奥に備え付けられた勉強机と向かい合わせに置かれた椅子。そこで読書をしていたらしい彼は朔の部活の先輩であった。
麻倉軌章。いつも笑顔を絶やさない、いざという時は頼れて包容力のある先輩。十中八九みんなそう思ってるだろうが時々嫌に鋭い眼をしているようにも見える。部活中もただ笑っているだけでなく、さりげなく飛ばす指示はいつも的確だ。
朔はそんな彼の何もかも見通しているかのような目が苦手だった。
「こんな時期からサボりとは感心しないな」
こちらをチラリとも見ず、ひすら活字を追いながら放たれた言葉。わざわざ視界にいれなくても朔だとわかっているような飄々とした態度に思わず顔をしかめる。
自分だってサボりじゃん。
そう苛立ち任せに出掛かった言葉を飲み込んで、他に行くところもないので大人しく彼の向かいの椅子に壁を背もたれにして座った。
少し開いた窓から流れ込むそよ風が栗色を弄び、さらさらと揺れる。
「俺の教室からここはよく見えるんだよ」
「…だから」
「最近決まった日と時間にここに来てるだろ」
「……」
だからなんなの。会話の意図が全く読めない。
主に部活でしか顔を合わせる機会はないし、部活中でも突然突拍子のないことを言ってよく困惑させられる。掴みどころの無い人だ。
淡々とした声音に説教でもされるのかと思って身構えていた朔は、不意に顔を上げた彼に面食らう。
「それが、あんまりにも気持ち良さそうに寝てるから気になってね。」
俺も混ぜてもらおうと思って。
見たことのなかった彼の悪戯な笑み。初めて見る彼の一面に朔は呆気にとられ言葉を失ってそっぽを向いた。
「勝手にすればいいんじゃないの」
やっと絞り出した朔の一言に、彼はふわりと柔らかな笑みを浮かべた。