「名前、知ってるかい?」
「ん?なにを?」
「どんなに仲のいいカップルでも、身体の相性がよくなかったらそのほとんどが別れちゃうって話だよ」
「…え?」
「君たち大人と小学生くらいの身長差あるしねぇ…」
しかも名前はハジメテなんでしょ?
パックジュースを飲みながら含みのある言い方をする赤司君は酷く愉快そうだ。
「体格差が激しいと…ねぇ?」
口元に綺麗な弧を描かせて名前から視線を外した赤司君。整いすぎた綺麗な顔にサディスティックな笑みを圧し殺すこともせず晒しているようだけれど名前にはもう赤司の声は届いておらず、更には目の前すらも見えていなかった。
気がついたら食堂にいたはずなのに教室にいて、当然さっき隣にいた赤司君も教室に帰ってしまったのかいなくなっていた。
頭に残っているのは食堂で赤司君に言われたあの言葉たち。
確かに私だって気にしてなかったわけじゃないし、影で色々言われてるのも知らないわけじゃない。
(釣り合ってないとか、釣り合ってないとか、釣り合ってないとか。色々。)
でも、どれだけ身体大きいからって言ったって私たちまだ中学生だし、そうゆうのはまだまだ先だろう。
…と、思いたい。
「ちょっと、涼太」
「なんスか?」
「一瞬でいいから…やっぱ一瞬はなし。とりあえずズボンの中みせてよ」
「はぁ!?いきなりなんなんスか」
「本陣を攻める前にまずは周囲の奴から攻めて耐性をつけておこうかと、」
「訳わかんないっすから!」
ちょうど教室に帰ってきた黄瀬を教室のすみに呼び寄せ、周囲に黄瀬ファンがいないか確認してから何も知らずに近寄ってきた黄瀬のベルトを思いっきり下に引っ張った。
紫原より身長は小さいけれど、周りの男子より明らかに身長の大きい黄瀬の息子はどれくらいのものか見てみたかったし、さらにそこから紫原のを予想することだってできる。
ざわ、と教室がざわめいているけれどそんなのに気を使っている暇はない。
こちらとら重大な死活問題を抱えているんだ。
一々騒ぐ周りに気を配っていたらキリがないし、最近クラスメイトたちも名前と黄瀬が互いに恋愛対象として微塵も意識してないことが伝わっているのか、しまいには「いいぞもっとやれ」なんて後方の男子勢から野次も飛んでくる。
わずかに教室でご飯を食べていた女子も遠巻きに期待の視線をこちらに(主に黄瀬に)送っているのがみえた。
「ちょ、待っ、」
「往生際が悪いよ涼太!触ろうとかそんなの思ってんじゃないからちょっとみるだけだから!ぴーぴー言ってないで早くその粗チン出せよ」
「粗…!?」
「はい手ー邪魔ー」
中々しぶとい黄瀬は周りの目を気にしているのかズボンを引き上げる手を緩めない。
そういえば一応黄瀬はモデルなんだったっけか。
でもまあ私には少しも関係無いし興味もないから…ぶっちゃけどうでもいい。
「私にだけでいいから!ね!」
「そんな可愛い顔して上目使いしても駄目っスから!」
両手が塞がっているために手が出せず、名前は丁度目の前にある黄瀬のみぞおちを頭でぐりぐりと押す。
黄瀬のくせに中々にしぶとい。
「も、いー加減っ────っわ!」
「2人してなにしてんの」
「紫原っち!!」
いい加減ベルトにかかる手に噛みついてやろうとしていたら急に黄瀬の表情がぱぁっと明るくなって、不思議に思ったら後ろから紫原の不機嫌そうな声と共に突然身体が宙に浮いた。
否、名前の脇腹に逞しい腕が二本周り、紫原の手によって意図的に持ち上げられたのだ。
「た、高っ」
「もー黄瀬ちんーっ、」
「えぇえ!?悪いの俺っスか!?」
そしてその持ち上げられたままぐるんと空中180度回転させられて、まるでぬいぐるみを抱き締めるみたいに私は紫原にだきしめられた。
あったかい首筋からは、紫原のいい匂いがする。
「黄瀬ちんは、もう名前に話しかけないでよね!」
「ちょ、まって紫原っち!だから誤解っスよ!俺は──」
「あーもー、きゃんきゃんきゃんきゃんうるさいなー、で、わかったの?」
「きゃんきゃん……」
いつもより剣呑な声音だけれど、頭の中にダイレクトに響いてくる紫原の低い声に胸がきゅうっとちぢこまる。
黄瀬と名前が互いに恋愛感情もってないってわかってても、決してとられまいと自分の腕に抱え込む紫原の子供っぽいその行動が嬉しくて大好きで、
そんな子供みたいなくせして意外に低い体温とかほのかなお菓子の匂いにまじって香る紫原の甘い香りとか私を閉じ込める大きな肢体だとか全部、ずーっと私のもので私しかそれを知らなかったらいいのに。
ってそう思ったら鼻の奥がつん、と痛くなった。
「敦っ!」
やだやだ、誰にも敦をあげたくない。
大事で大好きな私の敦。
身体の相性が悪いからってそれがなんだってんだ。
でも、もしそう思っているのが私だけで、もし私の気持ちが一方通行なものでしかなかったら、2人はそこでおしまいだ。
そんなの嫌。
嫌だけどどうにもならない。
色々な不安でどうにもこうにも泣きそうになってしまって、太い敦の首に腕をまわしてぎゅうぎゅう抱き締めれば私の肩に敦の顔が乗る感触がした。
「もー、なに?俺怒ってんだけど」
「敦は、私と…その、…身体の相性が悪かったら、…別れる?」
「はぁ?身体?そんなんで別れるわけねーし」
「…よかった」
「それに、不安に思ってんの名前だけじゃねーから」
「っ、」
もう私の涙腺は限界で、それからは何も言えずただひたすら紫原にすがるように声を圧し殺してないた。
クラスの奴らなんてもう空気だ、空気。