紫原君宅のチャイムを押してから少し。
玄関ドアの磨り硝子越しに見える紫頭の大きなシルエットは明らかに紫原君なのに、ドアの向こうの彼は全然開けてくれないどころか微動だにしていない気がする。…新手の嫌がらせだろうか。
紫原君がそんなことする人じゃないのはわかっているけれど。
でも昨日の今日だから、あの時の腹いせに少し困らせてやろうとか思ってるんじゃなかろうか。
紫原君がそんなことする人じゃないのはわかっているけれども、

「(開けちゃってもいいかな…)」

このままだといつまでたっても内側から扉は開かない気がした。
人様のお家の玄関を勝手に開けちゃいけないんだよって習ってきたけれど、これは多分開けちゃって大丈夫だろう。
だって扉一枚向こうに紫原君いるし、

「(じゃあ…お邪魔、します)」

心の中で一応そっとそう挨拶してから、ノブに手をかけようと一歩踏み出したそのときだった。

ゴッ、

「っ、」

まるで私の思考を読んだかのように唐突に扉の角が私に向かってきたのは。









ソファに座る私とその斜め前でうなだれ身をすくめて床に正座する紫原君。
一応言っておくがここは彼の家のリビングだ。

「………名前ちん、」

「そんな顔しなくても大丈夫、」


こんな展開、望んでたわけじゃないんだけどな、

おでこと鼻で見事にドアを受け止めた私は、あの後玄関先でうずくまったまましばらく再起不能になった。
「(ぐ、おぉおぅ……)」
じんじんと顔中に広がる鈍い痛みに出そうになる呻き声をぐっとこらえながら、今にものたうち回りたい衝動に身を任せてやろうかと思ったのも束の間だった。
「名前ちん!」
すぐさま上から聞こえた悲痛で必死な声に私ははっと我に返ったのだ。
この声がなかったら私は確実に十秒もたたないうちにみっともなく人様の家の玄関先で激しく転げ回っていただろう。

今は紫原君ちのリビングで顔面に冷えピタと氷嚢というなんとも間抜けなスタイルで落ち着いてはいるのだけど、

「…………………。」

「………………。」

とても、無言が痛い。

ここで私をまぬけだと笑い飛ばしてくれれば、まだ話を切り出す流れにもっていけたのだけれど、
思わぬアクシデントのせいで完全に出鼻をくじかれた私は、ごめんなさいオーラをこれでもかと言うくらい放ちながらうなだれる紫原君に謝るタイミングを見事なまでに失っていた。
さっきからどう切りだそうか頭を悩ませるけれど、全くといっていいくらいこの重い沈黙を破る術が思い浮かばない。

──けれど、きっと私がそうしている間も彼は自分を責めているのだろう

ちらりと彼を見下ろせば、正座を崩さない彼の膝に乗る大きな拳は強く握りすぎて白んでいた。

「……俺、」
「…ん?」
「名前ちんに迷惑しかかけてねー気がする、」
「…そう、かな?」

まるで厳罰がくだるのをまつ罪人のような面もちでおもむろに顔を上げて口を開いた紫原君は今にも泣きそうな顔をしていた。

「私、迷惑だって思ったことなんて一回もないんだよ」

私の言葉にさらに顔を歪めた紫原君はふるふると首を横に振った。

実際にこの1ヶ月弱、最初の頃こそ彼を避けたいと考えていた私だけれど、仲良くなるに連れてその気持ちは無くなっていったし、こんな私に対して純粋に好意を寄せてきてくれている紫原君をもっともっと知りたいと思った。
昨日私が彼を拒絶したのは、恥ずかしながら私の恋愛経験が全くなかったのと、さらに加えて異性にあんなにも直球に想いの丈を伝えられたことに戸惑い、どうしたらいいかわからなかったからなのだ。

今だって、彼をもっと知りたい、彼と仲良くなりたい気持ちは変わらない。
だからこうして、昨日の自分の過ちを悔いて自分の意志で彼の家を訪ねた。

もし紫原君の言うようにそれが迷惑に思う奴だったなら神経の図太い私は今頃、そんな出来事があったのも忘れて家でごろごろしていると思うのだ。

「……俺、名前ちん相手になるとどうすればいいかわかんなくなる」
「紫原君、」
「思ってるようにいかねーし、」
「紫原君」
「失敗ばっかするし」
「ねえ紫原君、」
「……っ、」
「ねえ聞いて、」

紫原君に合わせて私はぐっと彼に近づいて目の前に正座した。

「謝るのは私の方なの、いくら私に恋愛経験がなかったからっていって、逃げるのは本当に自分勝手で紫原君に酷いことをしたなって凄い後悔したし反省したの」
「だから、昨日は本当に、ごめんなさい」
「な、んで…調子にのってたのは、」
「待って、もうちょっとだけ聞いて」
「……ん、」

紫原君が小さく頷いたのを確認した私はゆっくりと彼の硬く握られた手をとって、そっと指を開かせた。

「っ!?」

びく、と引っ込みそうになった手をあわてて強く握って、目を白黒させて私を見下ろす紫原君を少し申し訳ない気持ちで見上げる。
自分でもおかしな事をしているのはわかってる。
だけど、今彼に私の思いをちゃんと伝えるには言葉だけじゃ無理な気がした。

完全に力のなくなった彼の大きな手を、昨日彼が私にしたように、紫原君の表情をうかがいながらそっと私の胸元に引き寄せて押し当てた。

「っ、名前ち、」
「ね、わかる?伝わる?」
「思うんだけど、きっと私も紫原君とおなじ気持ちなんだよ」
「う、嘘っ」

情けないくらい高鳴る私の胸の鼓動はちゃんと紫原君につたわっているのか、彼は赤い顔をさらに真っ赤にして押し付けられた手をじっと見つめている。
…やばい、どう考えても私も紫原君と同じくらい顔真っ赤になっていると思う。
どっくんどっくん、今までにないくらい高まった私の心臓は胸に押し当てた手を見ても一目でわかるくらい強く鼓動していて、体中から変な汗がぶわっとでる。
よくよく考えたら、私すごい恥ずかしいことしてる…!

今自分が物凄い痴態を犯していることにようやく自覚を持ってきた私はもうやけくそになって、彼の手を両手で握り込んで早口にまくしたてた。


「それで、その、
……よかったらお付き合いを前提にお友達からはじめませんか!」


言ってやった!
私にとって都合がいいようにきこえるが、お互いにただ表面的なことしか知らない私と紫原君の現状を考えて考えて、行き着いたこれが今出せる精一杯の結論だった。


「っ、え……」


しばらく目を丸くしたままぽかんと私を見下ろしていた赤い顔の紫原君がいっぱいいっぱいになりながらこくこくと何度も頷いたのにたまらなくなった私が、大きくて可愛い彼に思い切り飛びついてしまうまであと少し。










(お前がそんな痴女だったとは知らなかったな)(ひっ、征十郎、い、いつから!)(そんなことどうだっていいだろう。…にしても、よかったな、敦)(ん、赤ちんのおかげ)(…え、何、2人ともグルだったの?)





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