一軍で忌み嫌われている問題児灰崎。
普段の素行が悪いのに加えて部活にきたら来たでラフプレーばかりを繰り返すそいつの扱いには赤ちんも中々手をやいているようで、よく灰崎を呼び出して2人で話をしていた。
いい話じゃないことは雰囲気でなんとなくわかっていたけど、しょっちゅう二人が人気のないところで話をするものだからどんな話をしているのか気になってもいた。
その現場にあんまし立ち会いたくはないけど。


「あ、」

「灰崎。」

そして今日も今日とて朝から赤ちんの機嫌があんまりよくなくて、きっとまた灰崎がなんかしたんだろーなーなんて隣を歩く赤ちんを盗み見しながら考えていたら、そこにちょうどよく灰崎が前から歩いてきた。
いや、タイミング良すぎでしょ。

「紫原、に…赤司」

「丁度よかった。おかげでこっちから出向く手間が省けた。灰崎、話がある。」

俺と赤ちんの姿を見るなり露骨に嫌そうに表情を歪めた灰崎。
なにか心当たりがあるのかそれともただの条件反射なのかわからない。
だけどそれがまた赤ちんの勘に障ったらしくて、赤ちんの声音がより一層冷たさを増した。
馬鹿な奴だ。
二人は近くにあった静かな空き教室に入っていったけど俺はなんとなく、そこに入って行ったらいけない気がしたから教室には入らず廊下に残り、夕日が射し込んでくる窓に背を向け窓に寄りかかった。
それにしても、よくもまあ灰崎は頻繁に赤司と2人で話をすることができるなぁと思う。
赤ちんと普通の話はするし当然ときどき怒られたりもするけど、ああゆう雰囲気になってさらに赤ちんにあんな冷たい眼で見られるのは絶対に嫌だ。
赤ちんにそうやって見つめられるなんて俺はきっと堪えられない。


(……眠たいなー。)

舌で棒つきチョコを弄びながら、紫原は窓のサッシに肘をついて校庭を見下ろした。
外ではサッカー部がわらわらと蟻んこのようにグランドを転がるボールを追っかけている。
人が蟻のようだ。
そこからまたさっきの体制に戻るのが億劫で、なんとなくただその光景を目で追っているとどうしてか余計に眠たくなって、棒だけになった棒つきチョコを窓から吐き捨てて大きなあくびをした。

最近は寝ても寝ても眠い。


それからしばらくして、なんのために鳴らすのかわからないチャイム音が突然廊下に鳴り響いた。
それまで窓に頬杖をついたまま半分寝かけていた俺はそのチャイムのせいでびっくりして飛び起きてしまって、完全に眠たくなくなってしまった。最悪。
それに教室から二人が出てくるような気配は全くない。暇だ。


先に教室にもどってようか、そう考えはじめたときだった。
それまで、校内にいるのは俺だけなんじゃないかって思うくらい(赤ちんと灰崎もいるんだけど)全く人気のなかった廊下から誰かがぱたぱたと走る音が近づいてきた。
その誰かさんは何か探しているのか、少し走っては止まりそしてまた走り出す。
忙しいな。
なんて思いつつここにきてもう何回目かわからないあくびをしたとき、曲がり角から足音の主がいきなり飛び出した。


「うわぁっ!」

「っ、」

足音の正体は女の子。
ちいさくて髪が長くて、オレンジの光を浴びてきらきら光るその子は息を切らして滲んだ汗を気にも止めないで、ただぽかんと俺を見あげる。
風で広がる少しだけウェーブのかかった色素の薄い髪と、髪と同じ色のながい睫毛に縁取られたあめ玉みたいに綺麗でまんまるな瞳。
俺はどうしてかその瞳から視線をそらせない。

橙に照らす夕日が手伝っているのもあって、一瞬、彼女が天使のような神秘的な存在に見えた。
酷く綺麗だとおもった。

「ねえ、」


「……………。」


「え、ちょ、ねえ紫原君だよね?」


「………え?」

名前を呼ばれて、俺はハッとした。なんで名前知ってんの…
そこからはまるで、止まっていた俺の中の何かが息を吹き返したように激しく忙しく動き出した。
え、なにこれなにこれ!
どくどくどくどく、心臓がすっごい動いてるのがわかる。
胸に手をあてなくてもわかるくらい胸がどきどきしてて、ぶわっと身体中熱くなって汗が吹きでる。
俺、やばいかも…!

「ね、やばい俺なんかおかしいかも!」

「は?」

「やばい!」

「な、へ!?」

今まで経験したことのない身体の異変にもうなりふりかまってられなくて俺は、その子の手を掴んで自分の胸に押し当てる。
俺の胸の異常なくらい速い鼓動が伝わったのか、女の子は驚いて目を見開いた。

「わ、やば、どしたの?」

「わかるわけねーし!」

「なに、発作!?」

「俺死ぬの!?」

「わかんないよ!や、でも苦しそうじゃないし…わ、わかんないよ!」

「っ、だいたいアンタのせいで俺こんなんなったんだから、アンタが俺の目の前にあらわれるから!」

もー責任とってくんねーと放さねーし!
まだ食べてないお菓子とかいっぱいあるのに死ぬのは嫌だ。
第一、どう考えても発端はこの女。
空いていた手でそいつの肩を強く掴んでそう言い放つと、名前も知らないその女はキョトンとした後、どうしてか腹を抱えて大爆笑しだした。

なんなのまじこいつヒネリつぶす!







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