赤司くんたちが月バスの記者から取材を受けたと噂を聞いたのはもう随分前のことで、最初こそさつきや赤司君に記事が載るのはまだかまだかと聞きまわっていたがいつの間にやらすっかり忘れてしまっていた。
いや、むしろ忘れたままだったほうがよかったのかもしれない。


私が一番楽しみにしていたのは、付き合い初めてついこの前1ヶ月記念をお祝いしたばかりの彼氏.紫原敦のインタビュー記事で、彼は自分が雑誌に載っただとかそんなことに無頓着だから私がこっそり買って永久保存してやろうと密かに目論んでいた。完全な自己満足である。


「どういうことなの……」


ずっと見たかった敦の初、雑誌デビュー。青峰の部屋で偶然見つけたそれには敦の試合姿とインタビューが二ページに渡って綴られていて、彼女としてとても嬉しいし誇らしかった。けれど、プライベートな質問の一節を見、私は絶句した。

『好きな女性のタイプは?』

『背の高い子ー。オレより高かったらやだけど。』


お前より高い女子なんてそうそういるかよ!
突っ込みたくなる衝動を抑えて、何かの間違いじゃあなかろうかと何度も読み返したが私が期待した間違いなど何一つなかった。
再確認しておくが私はキセキの世代の一人、紫原敦の彼女で、スポーツも勉強も見た目も平々凡々平均的でどこにでもいそうな所謂普通の女の子なのだが、背丈だけは昔から小さかった。
ていうか、現在進行で小さい。
のにも関わらず敦のタイプが背の高い女の子とはいったいどういうことだ

「名前っ何見て…あぁーー!」
「んだようるせえな」
「これ名前に見せちゃ駄目なやつなのにー!大ちゃんのバカバカっ」
「え…何、2人とも知ってたの」
「……えっと、」

気まずそうに視線を泳がせるさつき。
ああなんだ知ってたのか。
よくよく考えてみれば、最近背の高くてかわいい子達がやたら敦に話しかけてたのはこれを見たからか。なんだ。









例の雑誌を見てから、私は自ら紫原のいる教室へ頻繁に行かなくなったし、二日に一回位は紫原の帰りを待っていたんだけどそれも適当な理由をつけて先に帰っていた。
今日も今日とて、随分と静かになった放課後の教室でやっと日直の仕事が終わった私はのろのろと帰り支度を進める。
本当はもう一人日直の男子がいたのだけれど今日は学校に来てなくて、日中は友達に手伝って貰っていたが放課後はほとんど一人でやる羽目になってしまった。
そしてそんな間もずっと考えていたのは紫原のことで、今日は部活が終わるまで待っていようかなと頭の隅で思ったが心の中は先に帰るという選択が大半を占めていた。


「(だって敦に会ってもなに話せばいいかわかんないし…)」

会った時に女の子を連れていたら辛いし、避けていることを問い詰められても困る。
要するにただ敦にあわせる顔がないだけで。
実は彼をわざと避ければさけるほど、次逢うのが恐く嫌になってきていた。

「名前ー、ばいばい」

「!、ばいばーい。ありがとねー」

急に響いた明るい声に私ははっとして顔をあげた。
いけない、考え込んでしまっていたらしい。
私に声をかけてくれたのは、迎えを待つ間暇だからと言って最後まで仕事を手伝ってくれた心優しき友達。
明日にでもお菓子を買ってきてあげよう。
善意で手伝ってくれたのはわかっているしすごく感謝してるけど、例え今私のお財布の中がすっかすかでも何か彼女にお礼をしないとどうにもこうにも気がおさまらない。
これも日本人の性なのかと思うと少しこわい。


「…あ、やば」

気づけばもうバスが来る時間で、これを逃したら次が来るのは30分後だ。
はやく行かなくちゃ。
それまでのスローペースとは一転し慌てて鞄に教科書類を詰め込み、教室から出ようと出口を振り返ったところで私はそこにいた人物に一瞬で凍りついた。
どうして、ここに…

「あ、つし…」
「何帰ろーとしてんの?」

ぞっとするくらい低く冷たい声が私しかいない教室に響いた。
やばい、やばいと頭の中で危険信号がちかちかして一瞬で冷や汗がぶわっとでているのに私の足はリノリウムの床にくっついたまま剥がれようとはしない。
その間にも敦は長い脚でゆっくり私に近づいてきていて、私はどうにかこうにか足をひきずってじりじりと後退する。どうしよう。

「そんなに俺のこと嫌になったの?」

「なってないよ。…っ、」

長い腕が延びてきて思わず目を閉じたら、背中に当たった冷たい壁の感触。
恐る恐る顔を上げたら、私を壁と自分とで閉じ込めるように手をついた敦の切れ長の眼が不機嫌そうに随分高い位置から私を見下ろしていた。
なんとか抜け出せないかと左右に然り気無く目配せしたら、右には太くて筋肉質な腕が、左には長い足が私の逃げ道を完全に絶っていた。
駄目だ、詰んだ。
まるで狭い檻に容れられているような錯覚に陥る。

「じゃあなんで俺のこと避けてんの」

「避けて、っんぅ」

いきなり核心を突いてきた敦に気まずくなって目をそらした途端、空いていた手が私の顎を拐って唇を彼のそれで塞がれる。
突飛すぎて抵抗する間もなかった。

「んぅ…ぷは、ゃだっ」

「っ、は」

「っ!…んんーっ」

押し返してもびくともしない胸板を躍起になって押していたら、ぬるりと口腔に侵入してきた肉厚の長い舌。
今までされたことのなかった初めての深いそれに私は驚き、どうすればいいか分からなくなる。
彼を押し返す力は緩めないままに、口腔を好き勝手侵しまわる敦の舌にひたすら翻弄されしまいには足に力が入らずがくんとへたりこみそうになった。
もちろんそうなる前に敦が支えてくれたのだけども。

「っ、はっ、…は…なんで、こんなことっ」

「それ俺の台詞なんだけど」

呆れたように眉間に皺を寄せたまま私を鋭く射抜く彼はあんなキスをしたにも関わらず余裕そうだった。
この前までは手を繋ぐのでさえも照れくさくて真っ赤になっていたのに、今はどうしてそんな余裕そうなのか考えたら辿り着く答えは一つしかなくて
敦が私よりも幾分も背の高くて綺麗な女の子と深い口付けをしあっている光景が思わず頭に浮かんでしまって、私の意思とは関係なく我慢していた涙がぶわあっと次から次へと溢れだした。

「っ、く…うぅ、」

「え?は、ちょ、どうしたの、」

怖かった?
私の涙を見た途端敦は慌てたように態度を一転させて、おろおろと焦りだした。一体なんなんだ。
彼のジャージの袖で強く涙を拭われて、痛いし辛いしどうしていきなりそんな優しくなるのかわかんないし、触らないでほしくて突き放したらさっきとはうってかわってすんなりと離れた身体。
それでも、重力に従ってぼろぼろとこぼれ落ちていく涙は中々とまろうとしない。

「も、やだぁ…」
「………やだって、なに」
「敦といたら、辛いんだもん」
「っ…なんでっ……いきなり名前に避けられて俺ずっとずっと考えても名前に何したかわかんねえし、休み時間なっても名前来ねーし部活終わった後教室きても居ねーし、名前に会ったら会ったでびびられるし、本当はあんな怖がらせることするつもりなかったのに…俺のがつれーよ」
「っ、ごめん…」
「ねえ俺悪いことしたならちゃんと謝るから、直すから、お願いだから俺のこと絶対、避けないで…っ」

大きな身体を屈めて私の肩に顔を埋めた彼はどうしてかちいさく見えた。
そばにいた敦本人よりも他人の書いた雑誌の文面を信じ、なにも話さず話そうとせず自分勝手に敦を避けていた愚かな私は彼がこんなに悩んでいたなんてきづかなくて、初めて見る彼のこんな姿に胸が苦しくなって、肩にすがる紫の頭を思い切りだきしめた。
私、なんてばかなの。

「ごめん、ごめんなさいっ…あのね、この前青峰の家でね、少し前の雑誌見たの──」

そうして、この前の出来事を全て敦に話した。
例の月バスの取材の文面のこと、その時のさつきの反応、ずっと落ち込んで敦を避けていたこと、──全て。
話している間敦がどんな表情をしているか怖くて気まずくて下を向いていたんだけど、話し終わった後恐々敦を見上げたら彼はぽかんとしていた。

「………それだけ?」
「え、」

それだけかと聞かれたらそれ意外に彼に対する不満や悩みは一つもなくて、小さく頷いたら敦は盛大にため息をついて脱力した。
確かに彼と比べたら小さなことかもしれないけれど、私だって凄く悩んだし落ち込んだし辛かったのだ。
それをなんだくだらないと彼に態度で言われているように感じた。なんて奴だ。

「別れる…とか言わないよね?」
「敦が、小さい私でいいんだったら」
「…確かに背の高い女子には目がいくけど、俺が好きなのは名前ちんだから、大丈夫だし」

「目がいく」という言葉には少し引っ掛かったけれど、私を好きだと言う彼の言葉は本当らしい。
それは今までの彼を見ていても私を随分好きでいてくれていることが分かるし、私もそんな敦が大好きだ。
だからこそ、私としては報復をしなければ気がすまない。
やられやら、やり返す。敦も私のように不安になればいいんだ。

「私も、好みは敦みたいな子供っぽい人じゃなくて、正反対の大人っぽい年上のお兄さんだけど、敦が好きだから」

大丈夫だよ。
そう言ってにっこり微笑んだら敦は衝撃だったらしく、ぽかんとした後キッと私を睨み付けてきた。
案の定すぎる反応に思わず吹き出してしまいそうになる。

「なにそれ、ワケわかんねーんだけど」
「え?敦も私が好みの女の子じゃないんでしょ?それなら私も敦に言っておこうと思って」
「…………………。」

それを聞いた敦は後味が悪そうな微妙な顔をして私から視線をそらした。
私の思惑通り真剣に悩んでいるらしい敦が面白くて可愛くていとしくて、気を抜いたら吹き出しそうになる口元を私は必死に押さえ付ける。
絶対今笑っちゃいけない。

「じゃあ、名前がそんな奴見かけたら俺に言ってよ」

「っ、……ぶはっ、あははははははっ、もーだめ、ふふっ」

わけのわからないことを言いだした敦に、私はもう我慢できなかった。
日頃からの笑い上戸が仇となったようで、目の前の敦はまたぽかんとしている。

「……なんで笑ってんの」
「!!……や、あの、…なんか面白くて」
「ムカつく」

そう言い終わるや否や敦は私の口を己の唇で塞ぎ、今日で二回目の深くて長いキス。
自然に背中にまわってきた腕に、私も彼の首に腕をまわす。同じキスなのにそれはさっきと違って、とても気持ちよかった。





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