『けっこんしてください』

数年前、俺は中学からずーっとつきあっていた名前にプロポーズをした。
ほんとうになんの演出もなく、東京にある実家の俺の部屋でほんとうにいきなりそんなことを言ったものだから、心構えのできてなかった名前は返事をするよりも先に泣き出してしまったのをよく覚えている。名前は散々ないた後にぐずぐずな顏でうれしそうに返事をしてくれた、あの時のことと結婚式のことだけは一生忘れないだろうなーって妙に自信がある。赤ちんとか、俺のことを知ってるほとんどの人からお前らしいよ、って言われたし名前にも言われたけど自分でも確かにって思った。でもそれまで生きてきた中の約半分くらい俺の隣にいた名前に改まってかしこまるのもなんだか違和感があったから、気持ちさえ伝わればいいかなって思ってた。


「敦ーはい邪魔ーどいてどいて」
「んー…」
俺の気持ちはちゃんと名前に伝わっているらしいし、とても充実した生活を送れている、と思う。
今なんて、絨毯に寝そべってひなたぼっこをする俺の腰にガンガン掃除機をぶつけてくる名前。いてーし
ここ数年で彼女はほんとうに逞しく成長したと思う。
だって俺を足蹴にするし、最近なんてほんと扱い雑だし、今みたいに掃除機で吸われるし。あー、ズボン吸ってるー。とにかく、俺にこんなことできるのは今のところ名前か俺の母さんしかいないしこれからもそんな人物を増やす予定はないし増やしたくない。やだ。
「邪魔!」
「名前もひなたぼっこする?」
「ちゃんと言葉のキャッチボールしようか?」
おどき!、一向に動く気配のない俺を名前は一旦掃除機を置いて、テーブルをどかしたまっさらな絨毯のすみへ、玉転がしみたいに俺をごろんごろん押した。
「あぁーーーー…」
「私の掃除中に日向ぼっこをして邪魔するのは大いに結構ですけど、気がすんだらせめてテーブル戻しといてねー」
ほらいまの皮肉みたいなセリフ、昔の名前だったら絶対に言わなかった。昔は『敦だいすきだよ』とか『敦は私のこと好き?』とかかわいーことしか言わなかったのに。今は今でかわいいことにかわりないけど俺としては面白くない

「なに?」

「紫原さん」

「なによ」

うらめしく見上げていた俺の視線に気づいた名前はうるさく鳴り響いていた掃除機を止めた。ねえちょっと、そう言って仰向けのまま手招きしたら不信そうな顏をしつつ名前は俺の隣に正座した。
「さいきん」
「ぅわっ、」
「俺への愛が足りてないと思いまーす」
腕を引っ張って俺のうえに寝そべらせて、名前をぎゅっと抱き締めた。久しぶりに抱き締めた柔らかい身体はやっぱり小さくてかぎなれた名前の甘いいいにおいがした。同じ家に住んでてシャンプーもせっけんも柔軟剤でさえも一緒なのに、俺と少し違うにおいがするのはどうしてだろう。
「ばか、放してよ」
「やだーむりー」
離れていかないように片腕でちゃんと名前の腰を掴んで、もう片手で名前の両頬を挟んだらぶっさいくな顏になった。けどかわいいなーとも思う。いや、ほんとうにかわいい。何年見てても飽きない。
「ねー」
「なに」

「いましあわせ?」

思ったことを素直に口にすれば、それまで俺を睨み付けて細まっていた名前の目が真ん丸く見開かれてその後、うれしそうにまた細められた。うわぁ、
「うんすごい幸せ」
「俺のことは?」
「十年以上前から愛してますよ」
「そっかー、俺もね、名前のことあいしてるよー」
胸がきゅうってなって、そばにいるのにくっついているのになんだかもどかしくて、大好きでたまらなくなって、そんな風になるのが『愛しい』ってゆう感覚だってことを教えてくれた名前は、ほっぺを俺に挟まれて変な顏になってるのはもう気にしてないのか珍しいものを見るように俺を見つめている
「ねえ手はなして」
「えー?」
「放せ」
「はい」
昔とちがって立場が180゜逆転した気がするけれど、だからっていって名前に対する気持ちは少しもかわらない。名前のことが好きで堪らないし、名前も俺ことが大好きって顏してるし
「敦」
「なにー?」
「ふふ、おばかさんだなー」
馬鹿じゃねーし、そう言おうとしたんだけど名前の腕が俺の首に回されて、触れあった肌と温度と柔らかさに俺はなにも言えなくなった。
その代わりに、行き場のなくしていた手を名前の背中にまわして思い切りぎゅうぎゅう抱き締めた。
なんだやっぱり俺あいされてるじゃんか





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