私と氷室先輩。
敦の部活の先輩と、なにかと問題の多い後輩の彼女。
そんな関係から(敦があんななだけあって)途端に縮んだ2人の距離。敦はそれがおもしろくないみたいだけど。いつものように部活後体育館で敦を待ちつつ話していたら、不意に氷室先輩が名前に手を伸ばし、纏まっていた髪を一房すくった。
「前から思ってたんだけど名前の髪、長いけどさらさらだね」
すん、とにおいまでかがれたその台詞と光景に普通の女の子なら胸をときめかせるシチュエーションなのだけれど名前は、昔見たことがある同じような、でも全然違う場面が記憶の底から一瞬で浮かび上がり、思わず青ざめ身震いした。
「どうかした?…あ、ごめん、嫌だった?」
「いや、全然嫌じゃなかったんですけどちょっと古傷が…!」
「古傷?」









あれは忘れもしない中三の春のことだった。
食堂へパンを買いにいった敦が帰ってくるまで私と赤司は弁当に手をつけず世間話なんかをしながら待っていた
「色抜いたところバサバサだよ」
「んー、仕方ないねー」
寝癖のせいでくるくるになっている名前の髪を指に巻き付け弄ぶ赤司からはなんの感情もよみとれない。本当に無表情だ。名前としては髪を触られるのはいいけれど、いかんせんこの男は唐突にこちらが予想もしないことをするから嫌なのだ。更に赤司の前では名前の拒否権なんて皆無に等しい。というか、そんなものは存在しなくなる。そして逆らったりしようものなら光の速さで仕留められる(と、思う)。
「てか、赤司君と敦がさつきと被るって言ったからじゃん」
「けどだれも白メッシュにしろなんて言ってないだろう?」
くるくる、赤司の細長い指に長い髪が絡めとられては、それはすぐに重力に従ってすとんと名前の元へ戻っていく。髪を他人に触られるのは気持ち良いから好きだ。
「白髪はいやだったんだもん」
「まあ、その阿保丸出しみたいな髪の方が名前にはあってると思うよ」
「え、赤司クンそれほめてないよ」
「褒めてないし」
ああ…、そう。
歪みない赤司の返答に名前は言葉を失い、頬杖をついて窓の外に視線を移した。外は快晴。吸い込まれそうなほど澄んだ空色をしている。

「…それにしても、」

「ん?」

名前の横髪を一房すくって、綺麗な顔を少し歪めた赤司。そしてそのまますん、と匂いをかぐ。変なにおいするかな、と不安になって私も反対の房をとって同じように嗅いでみたがそんなことはなかった。
それでもまだ私の髪を見つめなぜか納得がいかなさそうな顔をする赤司を視界の端になんとなくとらえながら、中庭を楽しそうに行き来する生徒達を眺めていた。あー、眠い。
「名前の髪は誰が切っているんだい?」
「んと…、だいたい近所の美容師さんかなー」
「そっか、じゃあ問題ないね」


ジョキン、


「…え?」
何が問題ないのかわからなくて赤司に視線を戻そうとしたら真横で鳴った何かの切断音。


ジョキン、


「へ?」

その音の原因に目を移そうとしたとたんに目の前を銀色の何かが横切り、途端に追撃が次は逆の耳にダイレクトに響いた。
……え?
ぱさぱさと手に何かこそばゆいものがいっぱい落ちてきて反射的に下を見れば、手元にちらばる大量の髪の毛。

「長さ揃ってなかったよ」

満足そうな笑みを浮かべる赤司の手にはどこから取り出したのかハサミが。
名前の頬辺りにはたった今綺麗に切り揃えられた横髪が。
ああ、所謂オヒメサマカットって奴ですね。
……っていやいやいやいやっ!違うよ!!
軽く現実逃避しはじめた頭を慌てて引き戻し、机の上に大量に散った髪を見た。なんてこった。
「言ってくれれば、明日にでも切りに行ったのに…っ」
前代未聞の出来事に何て言えばいいかわからない。かつ、相手は赤司だ。
「俺が切りたかったんだよ」
にっこりと屈託のない笑顔を浮かべた赤司に言い様のない戦慄が走り、同時に赤司に対して一生払拭されることのないであろう恐怖がしっかりと胸の奥底に植え付けられた。

この人だけは絶対に敵に回してはいけない。








(……って事がありまして)(うわぁ...)





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