もうすぐこの人の命の灯火は消えるのだろう。気丈に振る舞ってはいるけれど。思えば不思議な人だったと思う。普段は飄々としているくせに、戦となるとひどく凛々しい表情を見せて。なのにひとたび戦が終われば、とても人を殺める策を練っていたとは思えない優しいその手で、わたしに触れるのだ。寝て暮らせる世を、なんて嘯いていたけれど、本当は秀吉様の描く理想の世を実現させたかったのだと、わたしは知っている。ゆらゆらと揺れる行灯がぼんやりと彼の頬を照らした。

「あーあ、死にたくないなァ」

ぽつりと呟くその言葉が胸に刺さる。もう長くないのだ、この人は。肺に不治の病があると侍医が言っていた。ひどく苦しそうに咳込む彼を見るのは辛かった。きっとものすごく苦しいはずなのに、わたしを気遣って何でもないように笑う、その優しさが大好きで、大嫌いだった。だから私も意趣返し。

「半兵衛さまが弱音を吐かれるなんて…明日は雨ですね」
「お前俺のこと何だと思ってるの?」

じとりとねめつけられるも、生来の幼い顔のおかげでさして怖くはない。本人はその顔や背の低さを馬鹿にされるのを嫌っているけれど。この間も真田の忍びに子供扱いをされて怒っていた気がする。そういえばこの人が「お前」と呼ぶのはわたしだけだ。弟の重矩さまはおろか、重門のことも「君」と呼ぶ。どうしてなのかは何となくわかるけれど。「からかうな」とでも言いたげな視線を躱して、彼の手を緩く握ってみる。少し驚いたような顔をされたけれど、何も言わず握り返してくれた。

「とってもとっても大好きな旦那様ですよ」
「だよねェ。……はぁ、短い人生だった」

三十六。彼はこの若さで人生を閉じようとしている。わたしよりも十六も年上だし、これでも一端の武将だ。いつかは先立たれてしまうことを覚悟していたけれど、余りに早すぎるのではないか。信長さまは無神論者だったけれど、もし神様がいるのならば、思い切り啖呵を切ってやりたい。どうしてこの人を連れて行くの。もっと連れて行くべき人間は他にいるだろうに。思わず唇を噛みしめる。そんなわたしをじっと黙って見ていた彼は、ふ、と小さく息を吐き出した。

「俺さ、お前を目に入れても痛くないと思ってるんだよね。こんなに可愛い嫁さんだもん。俺は果報者だ」

いきなり囁かれた愛の言葉に、寸の間ぽかんとしてしまう。この人が愛を囁くのは、本当に珍しいことで。弥生に振る名残雪よりも少ないのに。私を安心させようとしてくれているのだろうか。器用なようで、不器用な人。ぽたりと涙が一粒、彼の横たわる布団に染みを作る。それを愛おしそうに一瞥して、彼はわたしの涙をその細い指で掬って見せた。

「俺の人生はここで終わるけどさ、ずっとお前の傍にいるから。自分は一人だって、思い込まないで」
「一人ですよ……あなたがいないもの」
「見えなくたって俺はいる」

俺の言うこと、信じられない?
意地悪く笑ってみせるその表情も、もうすぐ見れなくなる。優しく微笑むのも、馬鹿にされて怒るのも、悔しそうに眉を顰めるのも。残される者は辛いのだ。この人だって、分かっているくせに。

「秀吉様だっていてくれたさ。……いや、今もいるな。まだ来るなって、怒ってる」
「…わたしには見えません」
「そういうことなんだよ」

してやったり、なんて風に笑うから。つられて笑ってしまう。それを見た彼はとっても満足そうで。すとん、と瞼を下ろして緩く笑みを浮かべる。

「言いたいことはそれだけ。もう寝るよ。夜も遅いし」
「ええ、……おやすみなさい、半兵衛さま」
「あ。言い忘れてた」

ぱちり、目を開いて、その真っ黒な瞳に私を写す。黒曜石みたいな瞳。磨きこまれたギヤマンのように、わたしがうつっている。あぁ、この目の細め方、猫みたい。悪戯を考え付いた子供みたいな、笑い方。

「愛してる。じゃ、…おやすみ、」




何でか秀吉様死んでますけどそこはご都合主義で目をつぶってください…

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