※色々捏造注意



あるところに一人の少女がいた。彼女は日本でも有数の名家の出で、幼い頃から箱入り娘として育てられていた。そんな彼女が15の春に出会ったのは、中国から修行にやって来たという一人の拳法家だった。親の紹介による偶然の出会いだったとはいえ、家内の男以外を知らずに育った少女にとって、その青年との出会いは運命的なものだった。その青年は日本での修行のため、少女の親に金銭面を工面してもらっていた。その恩義を抜きにしたところで、二人が恋に落ちるのは当然と言えば当然のことだった。一つ屋根の下で全く知らない男との生活は、少女にどれほどの希望と衝撃を与えただろうか。程なくして少女の父親は病気でこの世を去ったが、青年はそれでもなお少女の元を離れなかった。少女の家族も青年との同棲を認め、二人は家を出て暮らし始めた。青年は行き先も告げずふらりと出ていくことも多かったが、必ず夕食の時間には帰ってきた。休みの日には二人で町へ出ることもあった。少女はとても幸せだった。しかし、その幸せは長くは続かなかった。ある日青年は、大切な用事があると家を出て行った。必ず帰ってくると言い残して。だが、彼はその後戻ってくることはなかった。少女はずっと待ち続けた。それでも青年が戻ってくることはなかった。少女の心はすっかり砕けて壊れてしまった。少女は青年の子供を身籠っていた。医者は彼女をパラノイアだと診断した。また、治癒の望みがないということも告げた。彼が出て行って三か月が経ったある日、一人の女性が彼女の元を訪れた。ひどく真っ直ぐなまなざしをした美しい女性であった。イタリアから来たという彼女は、少女に青年の行方を告げた。彼はもう戻ってくることは出来ないだろうと。たとえ戻ってきたところで、少女がそれを受け入れることは出来ないだろうと。その代わり、どうかこれを大切にしてほしいと。そう言って女性が差し出したのは、擦り切れ、汚れ、よれてしまった赤い拳法着だった。それは間違いなく、あの青年の物であった。それを目にした少女は少しだけ目を見開いたあと、震える手でそれを胸に抱きこむと、幼子のように声を上げて泣いた。その数か月後、少女は赤子を出産した。しかしながら、パラノイアに陥った少女に赤子を育てることは不可能だと判断した家の者により、少女と赤子は離された。それから程なくして、少女はひっそりと息を引き取った。一時の幸せは大きかったものの、失くしたものも大きい人生だった。









「それが僕の祖母……なまえの話だよ」



切れ長の目をした少年は何の感慨もなさげにそう言い捨てると、大きな欠伸を一つ零した。まるで自分には全く関係のない、どこか遠い場所の女性の話だとでも言いたげに。ひどくつまらなそうな瞳だった。傍でその話を黙って聞いていた赤ん坊が緩い笑みを浮かべて首を傾げる。



「なぜ、私にその話を?」

「さぁね。僕自身、この話が本当かどうか疑わしいと思っているから。……ただ、」

「ただ?」



ふ、と自嘲的な笑みを零し、少年は赤ん坊を横目で見遣った。



「もし本当なら、僕にとって祖父になるであろう人とあなたの共通点が多すぎたから」

「なるほど。面白いお話をありがとうございました」



喉の奥で笑い、赤ん坊は空を見上げる。



心当たりがないわけでもなかったが、まさか本当に――。



真っ青な空には一つ二つ、真っ白な雲が揺蕩っていた。





森鴎外の舞姫の設定を随所にお借りしています。豊太郎が風、エリスがなまえといったところですね。ちなみに風の拳法着を持って来てくれたのはルーチェだったりします。風と雲雀が似ていることに関して「心当たりがないわけでもない」と言っていたので、こんな設定もありかなーと考えてみました。Ragazza del balloは伊語で舞姫の意。

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