島津家にとても美しい女性が来ていると、お父さまから伝え聞いた。戦で焼け出された家の女性を哀れに思った義久伯父さまが、せめて傷が癒えるまで、と引き入れられたのだ。彼女は今回の戦で、生まれて数月の赤子を失くしたようで、とても悲嘆にくれているらしい。わたしはまだ夫も子どももいないからその気持ちは分からないけれど、大切な家族を失うと考えると、それだけでとても怖かった。何とか元気づけて差し上げたい。彼女は離れの隅にある、小さな部屋にいるという。そこへ向かうまでには、ちょうど従兄である豊久の部屋があるので、訪れることにした。離れまで一人で行くのは、少しこわいからだ。



豊久は部屋で、愛用の大きな斧の手入れをしていた。いつもながら、あんなに重たそうな物を良く振り回せるなあと思う。お父さまも大きな槌を振り回されているから、島津の殿方はとても力が強いのだろう。小さな頃は良く豊久にも抱き上げられていたけれど、そんなに年も変わらないのに軽々とわたしを抱き上げていた。今は恥ずかしがってしてくれないだろうけれど。
わたしが入室したのに気付くと、豊久はよく日焼けした顔をこちらに向けて笑った。白い歯がとても眩しい。ここを訪れた理由を話すと、豊久は少しだけ何かを考える素振りを見せたあと、斧を置いた。

「確かに離れは薄暗いもんな」
「わたし、あそこ嫌い」
「そこまで嫌なのか…。まぁいいや、庭に松虫草が自生してたから、見舞いがてら持って行こうぜ」

「よっと、」と縁側から庭へ飛び降りると、豊久はぶちりと松虫草を引っこ抜いた。せめて鋏で切るなり、もっと丁寧に手折るなりすればいいのに。でも豊久がいいのなら、まぁいいか。



豊久は抜いたそのままの花を持って行こうとしたから、さすがに止めた。豊久はちょっと不思議そうな顔をしていたけれど、こちらからすると何でそんな顔をするのか分からない。これだから男の子は繊細さが無い、だなんて言われるのだ。ぴょんぴょんと跳ねた髪を指先で弄りながら隣を歩く豊久を見て、こっそり溜息を吐いた。
そうこうしている内に離れについた。お邪魔します、と一言かけたけれど、返事がない。豊久と顔を見合わせてから、失礼だけど女性がいるであろう勝手に部屋へ入った。

「誰もいないね」
「厠にでも行ってるんじゃないのか?」
「もうっ」

不躾な事を言う豊久を小突いて、部屋を見回す。質素な部屋だ。部屋の真ん中に布団が敷かれているだけで、下手をすれば豊久の部屋よりも何もないかもしれない。とりあえず、空っぽの花瓶へ先程摘んだ松虫草を生けた。あんまり見栄えしない。元々の花が派手ではないから仕方ないと言えば仕方ないけれど。
少し待ってみても女性が戻ってこないから、豊久の部屋へ戻ることにした。何だかひと雨降りそうな空模様だ。どんよりと曇った灰色が何故だか不安を掻き立てる。早く部屋へ戻って豊久とお菓子でも食べようと、部屋を出た時、

「……あ、」

ふわりと、とても美しい女性が舞い降りてきた。優しげだけれど儚い笑みを浮かべている。わたしに向かってひらひらと手を振ったから、思わず笑顔で手を振り返した刹那、その長い黒髪が風に靡いて、



―――――――ぐちゃっ



「……、…えっ?」

熟れ過ぎた柘榴が地に落ちるように、その細い体が地面にたたきつけられ、真っ赤な血が広がった。わたしの頬に飛んだ血が、どろりと垂れる。目を見開き、口元を歪めたまま事切れている女性を見て、真っ白になっていた頭が一気に覚醒した。彼女はこの部屋にいた女性で、すぐそばの物見櫓から飛び降りたのだ。隣で豊久が小さく呻き、口元に手をやった。

「うっ、」
「――いやああああああ!」

ぽつぽつと降り出した雨に、空気に触れて赤黒くなり始めた血が滲んでいく。悲鳴を聞きつけて駆け付けてきた家臣たちが言葉を失う中、血を洗い流されて真っ白になった女性を、ただただ豊久と見つめていた。






名前変換なくてすみません。松虫草は花言葉で選んだという裏話があったりします。しかしこれ、豊久じゃなくても良かった気が…。

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