実家から電車で20分ほど離れた町に住んでいる母方の祖母は、70手前の年齢の割には若々しく、物事をはっきりとさせたがる、所謂おきゃんな女性だった。大した距離も離れていないのになかなか祖母と会えないのは、お互いに仕事や学校が忙しいからで、彼女が嫌いだとか、そんな理由からではなかった。祖母は、誕生日には必ずメールを送ってくれるし、プレゼントだって16歳になった今でも買ってくれる。学校で必要な物だって、それとなく窺っては買い与えてくれるし、実を言うと入学金だって祖母が払ってくれた。わたしは優しくて、けれど怒ると少し怖い、はきはきとした祖母が大好きだった。








その人を見かけたのは祖母と夕食の材料を買いに出かけたスーパーだった。飴色の綺麗な髪が歩くたびにふわふわ揺れて、受けているのは蛍光灯の人工的な光だというのに、まるで太陽の光を反射しているかのようにきらきらと輝いていた。鼻筋の通った、比較的整った顔立ちで、ゆるりと細められた瞳は優しげな光を湛えている。恐らく大学生か新社会人くらいの年齢だろうか。面食いのわたしにとって、イケメンに分類される彼の存在は無機質なスーパーの中では輝いて見えた。と、同時に、何故だか心の奥深くをまさぐられるかのような、息苦しさを覚えた。

「なまえちゃんは何が食べたい?」
「えっ?えーと、」

いきなり祖母に聞かれて(まぁ、彼女にしてみればいきなりではなかったんだろうけれど)、わたしの思考は一気に現実へ引き戻され、息苦しさも、『きっと彼がかっこよすぎるからだ』なんていうわたしの安直で適当な考えによって流されていった。ちょうどわたしがいるのはお肉の加工製品売り場で、目についたのは既にある程度出来上がっているハンバーグだった。“あとは焼くだけ!”と、いかにも忙しい主婦へ宛てたような売り文句が書かれていたけれど、わたしはそれを祖母の持つカゴへ放り込んだ。

「あら、これでいいの?」
「うん、今はすごくそれが食べたい気分なの」

嘘はついていない。事実、わたしはなぜだかこのハンバーグが無性に食べたくなったのだ。そういう経験はきっと誰にでもあると思う。「なまえちゃんが食べたいならいいけれど」とにこやかに笑う祖母に笑顔を返して、先程のイケメン(仮称)へ視線を戻す。彼の近くには、いつの間に来ていたのやら、初老の男性が佇んでいた。父親だろうか、横顔がそっくりだ。髪も顎髭も真っ白だけれど、品の良い顔立ちのおかげで年齢を感じさせない若々しさがあった。というより、何歳くらいなのかすら推定できない。初老だと思ったのは髪が白かったからで、もしかすると生まれつき白髪なのかもしれない。けれど、あの二人が親子に近しい関係なのは間違いないだろう。

「そうだ、私の家、今お菓子を切らしているの。なまえちゃん、何か好きな物を取っていらっしゃい」

華の女子高生真っ盛りなわたしにとって、お菓子がないのは死活問題とまではいかないが、大問題だ。けれど、どうしてか今は何も欲しくなかった。買い物に来たら絶対に何かしら買ってもらおうとするのに、自分でも自分が良く分からなかった。それよりも、この辺りをぶらつきたい気分だったから、祖母には先にレジに行ってもらうことにして、輸入菓子の棚をぶらつくことにした。



祖母がレジの方へ行って3分もしない内に、わたしはなぜか強烈な胸騒ぎを覚えた。何だか、大切な人を失くしてしまいそうな。胸の奥がざわざわとして、止まらない。こんなこと、初めてだ。

「……おばあちゃん、?」

慌ててレジの方へ早歩きで向かう。意外と広いこのスーパーは、わたしのいた輸入菓子の棚からレジまで早足でも1分強かかる。もどかしく感じながらも辿りついたレジの外では、既に会計を終えた祖母が商品をビニール袋に詰めていた。

「おばあちゃん!」
「どうしたのなまえちゃん、そんなに慌てて」
「……あれ…?」

驚いたように目を丸くする祖母。虫の知らせは彼女が危ない目に遭っているからなのではないかと思っていたけれど、どうやら違うみたいで、祖母の傍にいても胸騒ぎは収まらない。どくどくと、心臓が早鐘のように鳴り響いている。

「……何だか胸騒ぎがして、」
「あら……」
「おや、奇遇だね。わたしもだよ」

祖母とわたしの会話に混ざったのは、聞いたことのない声だった。思わず勢いよく振り返ると、先程イケメン(仮称)と一緒にいた男性だった。近くで見ると、遠目に見ていた時よりも顔が整っていることが分かり、少し恥ずかしくなった。少しうつむいたわたしに、何か勘違いしてしまったのか、彼はあたふたと自分の胸の前で手の平を振って見せた。

「あぁ、すまないね、急に話しかけたりしてしまって。歳を取るとどうも馴れ馴れしくしてしまっていけない」
「あ、いえ、別に……大丈夫です」
「それにしても何だろうな、この胸騒ぎは…。全く、久々に息子と買い物に来てみればこれだ」

苦笑したのち、「それじゃあ」と緩やかに手をあげて、彼は出口の方へ行ってしまった。何というか、随分とフリーダムな人だったと思う。自分でも『歳を取ると』なんて言っていたのだから、それなりに年配なのだろうか。確かにおじさんやおばさんは自由な人が多いと思うけれど。祖母と顔を見合わせて、どちらからともなく吹き出してしまう。帰ろうか、と、祖母の持つ重たげな袋を持ち上げた時だった。

「おーい、隆景!」

先程の男性に名を呼ばれ、振り向いたのは例のイケメンだった。ふと、目が合う。穏やかな視線。お互いに目を逸らすことが出来なかった。どうしてだろう、彼を見ていると、何だかとても懐かしい。それと同時に、どうしてだろうか、『行ってほしくない』と思ってしまった。忘れていた息苦しさが、胸いっぱいを占めた。








あの日、あの後どうやって祖母と家に帰ったのか、何をしていたのか、よく覚えていない。ただ、鮮烈にあの人の目が、表情が、脳裏に焼き付いていた。それから数日たったある日の朝だった。普段は読まない新聞を何気なく開く。うちの家で取っている新聞は、番組表から3ページ目に地方記事、所謂自分たちの住んでいる都道府県の事件やら政治情報やらが載っているページがある。普通なら一番最初の、大きい事件や事故の載っているページから見ていくんだろうけれど、その日のわたしは、吸い寄せられるかのように地方記事へ目を通していた。

「……え、」

飲んでいたカフェオレのマグカップを危うく取り落としそうになる。少しだけ零れたカフェオレが、新聞に茶色い染みを作った。けれどそんなこと全く気にならなくて。

「……“昨日夕方、自動車にはねられ死亡”……“被害者、小早川、隆景さん”…?……うそ、」

そこに載っていた顔写真と名前は、見間違うはずもない、あの日スーパーで見かけた彼だった。頭の中がぐるぐるとごちゃまぜになって、何も考えられない。嘘だ。彼が、死んだ?喋ったこともない、ましてや初めて見た相手の死に、わたしはひどく動揺していた。

「……初めて?」

前が見えない。目元を擦って、わたしは初めて自分が泣いていることに気付いた。

「わたしたちは、昔……」

そうだ、あの人は、かつて、




シュルレアリスムの騙し絵




今朝見た夢の内容を元に書いてみました。ほとんどそのまんまです。本当はまだ続きがあるのですが、書くかどうかは微妙なところ。たぶん転生みたいな感じ。

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