「兄妹って、何なんだろうね」

自分に対して問いかけたのではないかもしれない。ただの独り言のようなそれは、夜の静寂の中でなければきっと聞き逃してしまっていただろう。夜空を見上げているだろう彼女は自分に背を向けていて、どんな顔をしているのか分からない。だが、今彼女をひとりにしてはいけないと思った。遠慮がちにその背へ近づけば、彼女は振り返らずに良く通る声で聞いた。

「わたしのあとをつけてきたの?」
「え…」
「ごめん、言い方が悪かったよね」

恐る恐る彼女の前へ回れば、目を細めてゆるりと笑った。その仕草は、彼女の義兄にそっくりだが、わたしはその笑い方が苦手だった。何か言いたいことを我慢しているような、どこか遠慮しているような。それでいて寂しそうな笑顔だから。黙ったままのわたしに、彼女は「わたしのこと、追いかけてきてくれたの?」と言い方を変えて問うた。皆が寝静まった頃に一人で外へ出て行く彼女が気になって追いかけてきたのは本当だったから、こくりと首肯してみせた。

「なまえちゃん、さっきのは、」
「ん?」
「兄妹がどうって、言ってたでしょ?」
「あぁ、」

気怠そうにも見える緩慢な動作で再び空を見上げた彼女は、小さく息をついた。星を見ているのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。皆の前では明るく振る舞っているのが嘘のように、今の彼女は静かだった。すぅ、と息を吸い込む音が聞こえて、ややあってから彼女はその形の良い唇を開いた。

「わたし、兄さんのことが苦手だった」
「基山さんが?」
「ううん、死んじゃったほうの兄さん」

まるで天気の話でもするかのように、彼女はあっけらかんと答えた。何て言えば良いのか戸惑うわたしが可笑しいのか、彼女はくすくす、と笑った。上品な笑い方だけど、夏未さんとはまた違う笑い方だった。

「わたしたち兄妹って、似てなくってね。髪の色も、目の色も、得意なことも、苦手なことも。兄さんと姉さんとわたし、みんな違った。けれど、兄さんは何でもできた。勉強もスポーツもお料理も、全部。だけどわたしは自分じゃ何もできないんだ。なぁんにも。昔から兄さんと姉さんに甘えてばっかりだった。いなくなるなんて、考えたこともなかった」

淡々と語るには重すぎる話で、彼女の美しい声とは不釣り合いな気がした。なのにその眼も表情も全然悲しそうじゃなくて、ただただわたしの苦手なあの笑顔を浮かべていた。どうして笑っているのか分からなくて、怖かった。

「春奈ちゃんは、兄妹って何だと思う?」
「家族、じゃないの…?」
「うん。家族だよね。悲しいことも、苦しいことも、楽しいことも、嬉しいことも、全部全部、分け合う存在だよね。たとえ死んじゃっても、ずっと傍に寄り添う存在だよね」
「……ねえ、何が言いたいの?」

たまらなくなって聞けば、彼女はそれまでとは違う、底抜けに明るい笑顔を浮かべた。こんな笑顔のほうが好きなのに、どうしてだろう、見たくない。不安を掻き立てられる、そんな笑顔。わたしがわたしじゃいられなくなる感覚。

「夢を見るの」
「ゆめ?」
「最初は声だけだった。兄さんがわたしをずっと呼んでて、けど、どこから呼んでるのか分からなくって、目が覚めた。でもね、段々声が近くなって、後ろから聞こえてきたの。でも、振り向けなくって、」
「……やめて、」
「そしたらね、子どものときみたいに後ろから抱きしめてくれた。なのに冷たいの。冷たくて、触れられたところが痛くて、針に刺されたみたいだった。ふと兄さんを見たらね、傷だらけなの。血で真っ赤になって、顔の半分が崩れてて、なのにずっと笑ってるの」
「ねえ、やだ」
「血まみれの顔で笑うんだ。離れようとしても離れられない。離してくれないの」

見たくない。



「今だって、ほら、兄さんがいるから、振り向けないの」



笑う彼女を後ろから抱きしめる、血まみれの腕なんて。

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