練紅明は煌帝国の第二皇子である。先帝の練白徳及びその皇太子である練白雄、練白蓮が死去して以来、彼の実父である練紅徳が皇帝の座に収まったため、それまでの身分から一気に位が跳ね上がったものの、偉大な兄の影に隠れがちな性分ゆえか、紅明の日常は大して変化を見せなかった。変わったことといえば、従者が増え、室を持つようになったことくらいか。二十六を迎えた現在、正室であるなまえ以外に側室は持たず、また彼女との夫婦仲も良好で、慎ましやかな(と言えば聞こえは良いが、ただ単に生活力の無さゆえに派手な行動を取れないだけのことであるが)生活を続けているが、周囲の者は悶々としていた。――子がいないのである。紅明がなまえを妻に迎えて五年が経つが、一向に彼女が身籠ったという話が出ない。一度そのような風の噂が立ったこともあったが、それもあくまで噂であった。然しながら紅明のなまえに対する寵愛ぶりは目を見張るものがあるのか、子がいないという事実に周囲は首を傾げる日々であった。

「……ってことなんだけど。何で明兄は子ども作んないのぉ?」

女人と見紛うほどに整った顔立ちをした腹違いの弟の問いに、紅明はしばし目を瞬かせた。城内でそのような噂が広がっているのは薄々感づいてはいたものの、こうして実際に問われることは初めてだ。問うてきた相手が、自分と妻の関係に何の興味も無さげな弟なのだから、なおさら。一体どういう風の吹き回しかと、深い紅の髪をがしがし、と掻いては手にした竹簡を文机に静かに置いた。

「どうしたんですか、紅覇。珍しい」
「別にぃ?義姉上がちょっと可哀想になってさぁ」

仲は良さそうなのに子どもが出来ないなんて、もしかして石女(うまずめ)?
義姉、しかも今ここにいない相手に対してとはいえ、失礼極まりない弟の物言いに、紅明は珍しく憤慨した表情をちらつかせた。確かに自分となまえの間に子はいない。然しそれは決して彼女が石女だからだとか、夜の営みに消極的だからだとか、そういった事情ではないのだ。

「私がいらないと言ったのですよ。結婚した日に。なまえも承諾してくれました」
「はぁ?」

今から五年前、婚儀を交わしたその夜に、閨で紅明は妻に告げた。自分は皇太子とはいえども継承権は兄である練紅炎のほうが上であるゆえに、彼を差し置き子を成すつもりはないということを。次期皇帝は確実であった彼よりも先に子を成せば、相続争いで血を見かねない。親族間での争いは、紅明は御免だった。それは現在も変わらない。いや、その思いは強くなった程である。実父の紅徳が死去してから、臨時とはいえ三代目皇帝の座には玉艶が居座っている。今、子を成そうものならば、その子に危害が加えられる可能性は決して低くはないのだ。そうなれば、母親となるなまえもただでは済まない。愛する妻を失うことを、この男は酷く恐れていた。

「ふぅん。……でも義姉上はほんとに納得してるのかなぁ。女なら愛する人との子どもが欲しいのは、当たり前だと思うんだけど。ま、二人の間で決めたことみたいだし、どうでもいいや」

じゃぁね〜、と呑気に手を振りながら部屋を後にする弟に、呆れ半分寂しさ半分の溜息をゆっくりと吐き出し、紅明は再び竹簡を手に取った。――が、おかしなことに、ちっとも内容が頭に入ってこない。いや、理由は分かっている。不思議なことだ。子を作らないと決めたのは自分自身なのに、

“義姉上はほんとに納得してるのかなぁ。”

紅覇の言葉が頭にこびりついて離れない。

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