プレゼント | ナノ


 ヒロトがいない雪の朝は、白くて、寂しかった。昼頃帰ってくるんだろうと思っていたので、私はいつものように朝食を食べて銃の手入れをして、ベッドに転がってそとの雪の降る音に耳を澄まして聴いた。昼の時間になると目覚める瞼を閉じ、脳を休ませる。いつものハーモニカの音がないのは快適でもあった。

 瞼を開ける。今だ雪はしんしんと降り積もっていて、私の手は冷たくなっていた。寝癖の付いた髪を握って、空を眺めて先程見た夢を思い返していると、下から私の名前を呼ぶ声が聞こえた。「名前」佐久間だ。下を向くと、笑っている佐久間が銃を左右に振るので、私も手で振り返す。
 「家、上がってく?」
 そういうと佐久間は笑っていた顔を、驚いた顔に変えて、そしてまた再び笑い、ああ、と口元を上げた。「いいのか?」「いいよ。」
 アパートの階段を下りて、佐久間を待つ。ざくざくと雪を踏み込んで、片手をポケットに入れた佐久間は銃を担いだまま階段を上がっていく。久しぶりのお客さん、を招待した気分になった。ヒロトはお客さん、というのにはちょっと違う気がする。
 銃を側に置いて佐久間はテーブルの前に座った。
「よくここがわかったね」
と、私が口を開くと、
「窓から顔が見えたからな」
佐久間は微笑むように言った。
 冷蔵庫から水を取ってコップに注ぎ佐久間に出すと、佐久間は一気にその水を飲んだ。温かいのが飲みたいな、と漏らした佐久間に私は頷いて、飲みたいね、と言う。外は真っ白な銀世界である。佐久間が白い息を吐いてコップに口を添え、一滴ほどしか残ってないであろう水を飲んだ。何か食べものを出そうとヒロトのバックに手を入れる、たくさん食べ物は入っていてどれを差し出していいか迷うほどたくさん入っていた。きっと私の為にたくさん食べ物を入れて置いていったのだろう。ヒロトは今どこで何をしているのか私には予想も想像もつかない。
「名前はずっとこの家で過ごしてたのか?」
「うん、以外にみつからなかったんだ。」
「へえ…運がいいんだな」
 私が佐久間に差し出したのは少し崩れかけているクッキーだ。佐久間はそのクッキーを嬉しそうに受け取って嬉しそうに封を開け、嬉しそうに口に入れた。おいしい?と訊くと、佐久間は嬉しそうに、おいしい、と答えた。そんな私も佐久間と同じようにクッキーを口に入れて、なるべく嬉しそうに食べた。なぜだか、少し寂しかった。

 佐久間が眠たいと呟いたのでベッドを貸して寝かせてあげることになったのはほんの五分前程だ。子供のような表情で(子供なのだが)ぐっすりと安眠している佐久間を見下ろし、私はこの時代で裕福な生活をしていたことに気付いた。食べ物は食べられるし、ベッドもある。屋根もあるし、家もある。それがどんなに幸せなことは気付かなかった、いや、忘れていた。
 私の服と佐久間の服を比べれば汚さが違った。佐久間の服には土がついている。申し訳ない気持ちで心が押しつぶされそうになり、手を強く握った。でもこの幸せは譲れない。早く軍が動いてくれればそれでいいのに、そうもいかない。
 佐久間は私と違って腕のある人材なんだから、軍の基地へ行けば100%の確立で雇ってくれることは間違いないだろう。でもなぜそれをしないのか、少し理解しがたい。私はそんなに力もないしセンスもない、戦いには慣れてない、イコール雇ってくれない。人手不足なら、まだわからないが。
「名前」
 うっすらと目を開けて、佐久間は私を呼んだ。「おはよう。」
「名前」
 旋毛を押されて、そのまま佐久間と唇が重なった。いきなりの事で抵抗が遅れてしまった。急いで離れようとすると、佐久間の力で後ろにはそう退けなかった。「さ、佐久間…、」佐久間は無表情に私を見ている。
 私はヒロト以外とキスをしたことがなかった。それ以上のことも、ヒロトとしかない。でもこの雰囲気はそういう雰囲気の酷く似ているのだ。「名前」ヒロトの声と重なった。「名前」体を起して私を抱きしめる。
 軍にいた頃はこんな雰囲気は一切漂わずに過ごしてきた。一緒の部屋だったけど、本当に一切なかった。付き合ってるとか、遊ばれてるとか、そんな噂を流されても、私と佐久間の間では噂で終わったままだった。それが今、どうだ。
「…なに?」
「俺、俺はお前の事が好きだったんだ。あの日、日本がこうなってからいつも思い浮かべるのは名前の顔だった。ずっと一緒の部屋で過ごしていたからかもしれないけど、気づいたんだ。ずっと、ずっと一緒にいたから。」
 ずっと、ではない。しかし、ずっと、でもある。段々と抱きしめられる力が強くなってきて、少しだけ苦しくなった。
「ありがとう。」

 返事をするのは苦手な性格である。
「帰っちゃうの?」
「ああ、悪いしな。」
「泊まっていけばいいのに…ベッドひとつしかないけど。」
「…ベッドがひとつ、しかも男女、やることはひとつ、だろ?」
「そんな事ないよ。背中向けて寝ればいいんだからさ。」
「わかってないな。…そこまで言うってことは期待していいってことか?」
「いや、それは違うけど…」
「ほらな。それにさ、二人きりだとな、やっぱ、な。俺は帰るよ、また明日でも遊びにくるさ。」
「うん、待ってるね。」
 「俺も、返事待ってるから。」佐久間はそう言って私に背を向けて歩き出した。やはり、返事をするのが苦手だ。
 佐久間が小さくなったところで私も階段を上がって部屋に戻り、ベッドに腰掛けてドアをじっと見つめた。もうそろそろヒロトが帰ってきてもいい頃だと思った、が、ヒロトはいつまで経ってもドアを開けない。そろそろ開けてもいいんじゃないだろうか。
 外は一面の銀世界だ。ヒロトの赤い髪の色は見当たらない。たまに黒い髪の色がポツポツの見当たる程度。
「ハァ」
 ベッドが冷たい。


- ナノ -