プレゼント | ナノ


 私は後悔しながら、ポケットから銃弾を取り出して銃にセット、一息吐いて相手の様子を伺いながら、引き金を抜いた。残りの弾は一ケースに、今入っている弾残り七発、相手はなかなか腕の良い軍人のようだ。手榴弾は二つしかないからあまり使いたくはないけれど、そうも言っていられない。バックから手榴弾を出して、耳を澄まし、五感全てを集中させて相手の動きを感じる、といいたいところだけど、そんなのあんまり感じ取れない。手榴弾を掴んで、地面を見つめる。煙が所々に煙っているので、それを気にしながら壁の向こうにいる敵を意識した。
 ここにヒロトが居てくれたら、きっと楽に相手を殺せるんだろうと思う。曇り空を見上げて、私は壁から敵の場所を見計らって、手榴弾を投げ、再び壁に隠れて銃を構えた。はぁ、と吐き捨てるように溜め息ではなく、声を出した。こめかみの汗を拭い、そろりそろりと向こうを確認する。目を細めて見る、煙が邪魔で思うように敵を確認できなかった。私以外に軍人の才能あるんじゃないかな。
 でも本当は怖かったりする。こうやって人を殺すけど、怖かったりする。流れ落ちる汗を拭いながらもう一度敵を確認しようと銃を構えながら、様子を伺いに顔を出せばパンパンパン、と銃が三発鳴った。すぐに身を引いた為に幸い傷はない。だけど汗がすごい。
「名前」
 急に肩に手が置かれたので、私は咄嗟に後ろにいる人間に銃を向けた。「おいおい、味方。」「あっ」
「佐久間」
 佐久間は黙って銃を構えてチラチラと壁から顔を出して向こうの敵を確認して、一息吐き、アサルトライフルを構える体勢に入った。佐久間の銃は改造してあるのだろうか、弾倉がほんの少しだけ違う形をしている。珍しい形だ、敵から奪ったものかもしれない。アサルトライフルは自動的に弾が二発出てしまうから、弾の消費が激しいのは仕方ない。私も後ろで援護しながら行こう、と思って銃を構えれば佐久間は私の手に銃口を乗せ、お前はいい、と言って壁から躍り出て、敵に一歩二歩三歩ずつ歩き銃を撃つ、もう弾もなくなってしまうんではないか、と思い思わず佐久間、と呼ぶと、佐久間はケロリとした顔で私を見た。私は背中がむずかゆくって、目線を下に向けながら佐久間の隣まで歩き、向こうにいるはずの敵を見た。煙でよくわからなくて、敵が生きているのか死んでいるのか、よくわからない。
「死んだ?」
「わからないな、退いてもいいし、退かなくてもいい。どうする?」
「退く」
 私は迷わず「退く」を選んだ。佐久間は向こうの敵を伺うようにし、銃を下げて私に背中を向けて歩き出した。今日の佐久間の背中は、声をかける事を拒む背中をしていなかったから、私は佐久間の背中を追いかけて隣に着くと、佐久間は意地悪そうに笑ってこう言った。
「久しぶり。」


 205号室へと続く階段を上り、205号室のドアを開けた。
 シーン、としているリビング、キッチン、どこにはいない、ヒロトはまだ帰ってきていない。
 私は汚れた体を洗いたくなって、お風呂に入った。一時間、胸の辺りまでお湯を入れて、体と心の疲れを取っていく。久しぶりに佐久間と話せたし、こうして生きていると思うと、勇気が湧いてきた。そろそろ出ようと体を上げて浴槽から出て、バスタオルで体を拭いていく。
 ガチャリ、ドアが開く音が聞こえた。一瞬敵かと疑い銃を掴みかけたけれど、それがヒロトだと気付いたので、私は胸を下ろして白いTシャツに着替えてリビングに戻った。リビングには疲れている表情のヒロトが私に気付くと、嬉しそうに微笑んで、ただいま、と言ったので、私は、おかえり、と返事をした。
 ヒロトがバックを机の上に置き、更に左のポケットからハーモニカを出した。「拾ったんだ」ヒロトはハーモニカに唇を寄せて、息を吐いた。変な音が出たので私は笑って、下手じゃん、と言うと、ハーモニカから唇を離したヒロトは「初めてなんだ、仕方ないだろ」と頬を染めて言う。ヒロトのハーモニカを奪い、私もヒロトと同じようにハーモニカに唇を寄せて息を吐いたり吸ったりする。幼稚園のとき、少しだけやった記憶があるからできる。ヒロトより全然良い音が出た。「すごい」まるで幼い子どものように好奇心旺盛なキラキラとした瞳で私を見つめた。「ヒロトよりかはうまいけど、下手だよ。」「…イヤミ?」私が持っていたハーモニカはヒロトの手に渡る。「間接キスだね」ハーモニカにヒロトは唇を寄せる。バカじゃん、私は笑ってヒロトの下手な演奏をずっと聴いていた。


 寝返りを打つと、何かに当たる、ヒロトだ。目を開けると、私を強く抱きしめている髪で隠れている顔を見ると、更に強く抱きしめられた。髪を分けて表情を確認すると、眉を深く深く寄せていて、汗が流れていた。指で汗を拭うと、ヒロトは小さく「痛い」と苦しそうに呟いた。怪我なんてしていないはずなのに。「痛い、痛い、」夢でも見ているのだろうか。
「ヒロト、大丈夫?ヒロト」
 ハッとヒロトは目を開けベッドから抜け出し、棚の引き出しから薬を出して、ペットボトルの水で一気に飲んだ。息が切れている。「大丈夫?」ヒロトの目つきが弱々しく、いつものヒロトでない気がする。「…あ、ああ、平気だよ」ヒロトはその場に座った。私もベッドから抜け出し、タオルをヒロトに渡すと、弱々しく手を出しタオルを持ったヒロトはタオルに顔を埋めた。
「ヒロト、本当に平気なの?」
「ああ、平気だと思うよ。俺もこの頃…。」
 そこで止まる。台詞の続きを待っていると、タオルから顔を離し、私を見て弱々しくふんわり笑った。「俺に背中向けてくれる?」言われた通りにヒロトに背を向けると、私の背中に凭れかかって抱きしめてくる。ヒロトが息を吐いているのはわかったけれど、弱い。でも、息づきは感じる。ヒロトの呼吸を感じながらヒロトの下手なハーモニカの演奏を頭の中でリピートさせた。私の冷たい手でヒロトを握った。
 ヒロトが私の手を握り返してきたと思ったら、それはちょっと違った。力が段々強くなってきて、手を繋いでいない方手は私の服を握り潰すように掴んでいく。
「痛いの?」
 返答がない。返事を期待したわけではないが。
「名前、」
「なに?」
「…名前、」
 私の言葉には目もくれなかった。ヒロトはひらすら私の名前を呼んでいる。握られた手は、次第に力が抜けていく。

 朝はヒロトのハーモニカで起きた。「…下手くそ」私はベッドの上にいた。


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