プレゼント | ナノ


 ヒロトと一緒に生活して、初めて会った時とちょうど数えて三週間経った。ほとんど一ヶ月一緒に過ごすことになる。ヒロトは出会った時と何一つ変わりない、あの雰囲気だ。
 変わったことと言えば、私の目覚まし係の野犬が死んだ。それから外国人の軍人も着々と増えてきて、英語が飛び交う声が目立つようなった。だけど前よりも外に出るようになったし、なにより綺麗になった水を飲めるようになって嬉しくなった。少しではあるがガスも電気も通るようになった。あと、一般人の姿もちょこちょこ見るようになった。だけどすぐに見なくなるけど。
 食料を調達するのはヒロトの役目。私はなんというか、簡単に言えば軍人そのものだ。殺せる人間は殺して、弾と銃を奪う。あとは洗濯物を洗って干して、終わり。毎日こんな日々。
 あと眠れない日もよくあるけど、次の日はぐっすり眠れる。これはヒロトのおかげだと思う。

 畦道をヒロトと歩いていると、前から見た顔がこちらに向かって歩いてくる。肌の色と髪型、歩き方を見るだけで思い出せる容姿をしている彼は、銃を担いでいた。服は迷彩柄の軍服を着ている。
 すれ違う、私は少し期待した。声をかけてくれるかな、と。「下危ないから気をつけろよー」私の真後ろからだ。私は振り返って彼に声をかけようとしたが、彼の背中をそれを拒んでいるように見えたので、私は開きかけた口を閉じる。
「知りあい?」
「…多分。」
「多分?なんだ、ソレ」
 ヒロトは私が渡した銃を肩に掛けて足を進める。私はヒロトの背中を小走りで追いかけた。


 彼は私の同期で、私より遥かに才能を持った人物だった、見た目と違って勉強も射的もできたし、運動神経も私と同期の中では群を抜いていた。もちろん私は彼より劣っていた。一度勉強を少しだけ教えてもらったことがある。彼は、天才だった。戦闘機も乗れる知能、技術を持っていた。入ったばかりでも、私は想像も想定もできないぐらい大事な任務を任されっぱなしだった。もしかしたら、その時から人を殺していたのかもしれない。毎日軍の基地にいたのだろうか、友達がたくさんいた。人柄か、いつも笑顔を絶やさない、気丈で、頼りになる存在だった。

 私はヒロトから出会って、臆病者になった。
「ここにはなんにもないね」
と、ヒロトは雲一つない快晴を見上げた。戦闘機が二機、飛んでいる。ヒロトは私の肩を押して、今来た道を同じ歩くペースで足を一歩一歩進める。多分、だけど、ヒロトと出会ってから私に人間味というものが戻ってきたような感じがする。人を殺すけど、殺したあとに一人じゃ抱えられないほどの罪の重さを感じてならない。でもその重さを和らいでくれるのもヒロトだ。だから私は臆病者になってしまったのかもしれない。
「あれ?」
 確か、この道はヒロトが選んできた道だ。だけど、私達は彼に会った。しかも銃を持っていたのに。
「どうしたの?」
 ヒロトが急に顔を覗き込んできたので、私は顔に似合わない驚きの声を上げた。
「…うっ…ううん、なんでもないよ」
「へえ、名前ってなんかあるといつもなんでもないよって言うね」
「い、いやあそんなこと…」
「あるよ」
 肩に掛けていた銃が地面を叩き付けた。慌てて銃を拾い肩に掛けると、ヒロトはふんわり笑って私の手を取って指を絡めてきた。何でか急に恥ずかしくなってしまったので、顔を隠すように下を向けば、ヒロトは握っていた手をゆっくりと強く握ってきた。 ヒロトは、やっぱり不思議な人だった。急にいなくなったと思ったら急に帰ってきたり。具合が悪そうに眉に皺を寄せていると思ったら、ケロリと何も無かったようになったり。

 …あと変わったことと気付いたことがある。私は処女ではなくなった。そしてヒロトは毎日薬を飲んでいた。病気ではないんだそうだ。



「久しぶりに、する?」
 ヒロトが持ってきたお菓子と雑誌を堪能していた私はキッパリ、いやだ、と答えると、ヒロトは「だっておれ何日もオナニーしてないんだよ!」と、堂々と恥ずかしいことを口に出す。私は隣にいたヒロトの口を塞いで「あほか!」と叫ぶ。これだから、男は。
「しらないよオッ、オナニーのこととかさっ」
「名前がおれのオナニー見たら絶対気持ち悪がれるなと思って、ずっと我慢してたんだ。セックスだって名前の気分だし、おれの性欲はどうすれば」
「ぎゃあバカヒロト!そういうこと言わないでよ!」
「じゃあさせろ」
「…今度ね。……ちょっとヒロトッ」
 ヒロトの手が太ももの内側を這う。こう持ち込まれると断ることができない。ヒロトを見るとき、必然的にあの目を見てしまい、何も言えなくなるのだ。ヒロトは私の視線に気付いてキスをしてきた。這わせていた手は下着に触れ、その上から秘部をなぞる。この変態、と気持ちを込めてヒロトを睨むが、ヒロトは目を閉じていたので、私の睨みは意味がなかった。
 唇がやっと離れたので、「変態」とヒロトに言うと、ヒロトは可笑しそうに、やだなぁ、なんて言って下着に顔を近づけていく。「ヒロト、私するなんて言ってないよ」下半身にあった顔を上げて、じゃあどうしたらするの、と頭の上にクエスチョンマークを浮かべるヒロトを蹴ってやりたくなった。
「……。」
「ホラ。やっぱりどうせ名前の気分なんでしょ」
 下着を下ろされたので、私は怒鳴るように、ちょっと、と言うと、ヒロトはチャックを下ろして私を抱きすくめた。床に秘部押し付けるようにしていると、股を上げられて秘部がヒロトの方に向く。もうこれは、と思いながらヒロトを見ていると、ヒロトはズボンと下着をゆっくりゆっくり下ろし、自身のモノを私の秘部にゆっくりと挿入した。慣らしていなかったので濡れていない、少しだけ痛いけど、気持ち良い。
「あっ…ヒ、ロト、」
「っ名前、ちょっと、きつい、から、力緩めて、」
「ム、ムリだってば、いきなりいれるから、あ、あ、ヒロトっ」
「名前、名前、」



 私とヒロトは黒いあの物体と戦っていた。ヒロトが大きく振りかぶり、黒いあの物体が止まっていた壁を叩いたが、黒い物体はそれを避け、また別の壁に飛んで移動した。衝撃的な黒いあの物体の飛ぶ姿に私は気持ち悪くなり、怖くなって布団を被る。「うっ、わ!」「いや!何ヒロト!」「あ…逃げた…」私は逃げたところを見ていないが、ヒロトを信じることにする。布団から顔を出して、ヒロトに大丈夫?と訊くと、ヒロトは長い溜め息を吐いて「もう吃驚したよ」とくるくると丸めた新聞を広げて記事を読み始めた。
 あ、新聞も配られるようになった。ただ、毎日同じような記事ばかりで、多いときに三枚、少ないときに一枚。今日は二枚。
 ヒロトが私の隣に横になったので、邪魔になるかな、と思いベッドから腰を上げると、ヒロトは私においで、と言って腕を広げた。私は引き寄せられるようにヒロトの方げ倒れこんだ。辛い夜は、こうしてヒロトに抱きしめてもらいながら眠りにつく。「あったかい」ヒロトは私を抱きしめることが大好きだ。「ヒロトもあったかいよ」私もヒロトに抱きしめてもらうことが大好きだ。異性とか、そういう恋心を意識してではなく、母親に抱きしめられているよな、そんな風に。「そう?ありがとう」実際ヒロトはあたたかくなくて、逆にとてもつめたい。ヒロトの心が、あたたかいのだ。触れるだけのキスをして、ヒロトは私の頭に擦り寄った。


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