プレゼント | ナノ


 ――ガタリ、
 私は飛び上がって側にあった銃を掴んだのを確認すると、ベッドの下で呻き声が聞こえた。まさか、と思って下を見下ろすとヒロト眉を深く寄せて「うっ…」と呻き声を出していた。私は、はぁ、と溜め息を吐き、
「ヒロト」
と、ヒロトの名前を少し強めに言うと、「う、う、」と言いながら
「…う、うん?アレ、名前?」
と、細い目を大きく開けた。
「ベッドから落ちたんだよ」
「そうだったんだ、ごめん」
 ヒロトはもぞもぞとベッドに乗って私から布団を奪い被った。久々の布団なのだろう、野宿と言っていたから。ベッドから降りて、水をコップに注ぐ。小さな窓を覗けば、家の下に誰かいるのに気付いた。誰かは辺りをきょろきょろと見渡して、私の家から離れていった。
 私の家、という表現は間違いであるが、間違いでもなかった。ここに人は住んでいない、だから私の家。外はもう随分と明るかった。いつもなら犬の吠える声で目を覚ますけど、今日は犬よりも早く起きたみたいだ。私が基地で配られた銃はオダブツしてしまい、錆びまで出てしまったが、多分、使える。小さな窓の下の、私の旧愛用銃と、現愛用銃の隣に置いた。このオダブツの旧愛用銃をヒロトに渡そう、と思っている。
 相次ぐ人の死。この前は私が一人殺した。簡単だった。ベッドで何か動くのがわかった。
「起きるの、早いんだね。」
 目を擦るヒロト、さっきのは寝ぼけていたんだろうか。会話したのに、それに数分しか経っていないのに。「おはよう。」ヒロトの隣に座ると、目をいつもよりも細い目を銃に向けて、その銃を見た目で私を見た。
「おはよう」
 今日は晴れそうだ。

 晴れの日はなるべく外に出ようと決めていた。危ないけど、太陽の光を浴びていないと体が朽ちるような気がするからだ。
 ヒロトは瓦礫を次から次へと放り投げ、何かを探している。なにしてるの、と声をかけようとしたけれど、ヒロトの目を見ていると出る言葉も出なくなっていく。本当に不思議な人間だ。私は現愛用銃の土で汚れた部分を服で拭った。「…ないな。」
「…なにが?」
「服と石鹸だよ」
「家にあるよ?」
「そうだけど、足りないかなって。二人分もないだろう?」
 確かにそうだが、ヒロトはいつまで私の家にいるつもりなのだろうか。「あっ、服あったよ」手を伸ばして汚れたTシャツを掴んだヒロトの近くに寄って、どんなものかと覗くと、嬉しそうにしているヒロトの方に目が入ってしまった。急いでTシャツに目を向けると、5枚もあった。「石鹸はなさそうだし、散歩でもしようよ」よく散歩しようなんて言えるものだ。私は散歩なんてここ一ヶ月はしていないのに。ヒロトは死にたいのだろうか。
「散歩なんて危ないよ。」
「…心配してくれてるの?」
「自分の命を心配してんの。ヒロトのじゃないよ。じゃあ私帰るから。」
「あっちょっと待ってよ!」
 家の近くに水が出るところがあってよかった。ヒロトが見つけた服も洗える。
「そこは…、そこの道じゃなくてこっちにしよう」
 少し慌てたようにヒロトは私の腕を引いて、わざわざ遠回りの道を選んだ。「なんでよ」「散歩は近道しちゃつまんないだろう」「だから、散歩は…」ヒロトの目、言葉が止まる。「…もう、わかったよ。」私が諦めると、ヒロトはふんわり笑って、ありがとう、と言う。感謝されるようなことをした覚えはないけれど。
 建物の陰に隠れながら家に近付いてくと、ヒロトは変に歩幅を狭くしていって、私を質問攻めにしてきた。その質問が本当にどうでもいいようなことで、私は少し苛々しながらヒロトに質問に答えていると、まだまだ家までの距離があることに気付き、ヒロトを放っておいて大股で足を運んでいると、私を呼ぶ声と銃声が同時に両耳に入ってきた。
「うわっ…」
「…危なかったね、見つかってはないみたいだよ。」
「…あ、ありが、とう…。」
 もう少し早く歩いていたら、もしかしたら見つかっていたかもしれない。「どういたしまして。」ふんわり笑った。やっぱり、不思議な人間だ。私に代わってヒロト物陰から辺りを見渡してくれて、もう大丈夫、と言って私の手を引き小走りで陰から陰へ移動した。私の方がこういうの慣れていると思っていたけど、ヒロトの方がうまいかもしれない。…そりゃそうか、武器も持って無いんだから、逃げることが上手くなってしまうか。



「セックスしよう。」
 昼間のあの銃声がまだ耳に残っているまま夜になり、明かりを点けたと同時に、ベッドにいるヒロトがいきなり、私に向かっていった。「…え?」セックスなんて、したことがない。
「セッ…クス、」
「うん」
 またこの目だ。私は言葉が止まる。ヒロトの目は本気とは言えなかった、が、本気っぽい目をしている。
 ヒロトが近付いてきたので、私は身を引いてヒロトから離れると、ヒロトは「え?」と声を漏らす。どうしたの?と、目が語っているようだった。「いや、あの…」乾いていた喉を唾液で濡らして、やっと声を出した。
「嫌いなの?」
「嫌い…というか」
「……もしかして、したことないの?」
 図星を突かれた。私は何でか恥ずかしくなって思い頭を縦に振る。ヒロトはふんわり笑って「ごめんね」と言い私から離れ、「今度しよう」と悪戯っぽく笑い、機能していない冷蔵庫を開けて食べ物を漁り始めた。
 ――あれ?
 ヒロトの服からはみ出ている、傷。」
「ヒロト、背中の傷どうしたの?」
「え?ああ、見るかい?」
 私の返事を待たずに服を脱いだ。引き締まったヒロトの背中には、深い傷の痕が残っていた。私は思わず声を失ってしまい、何か言わないと、と思いやっとのこと「痛い?」と台詞が出た。失礼だったかもしれないけど、言ってしまったものは取り消せないんだ、仕方ない。ヒロトは振り返り、ちょっと困ったように言った。「たまにね」
 背中の傷をじっと見つめていると、神秘的なものに見えてきてしまった。ヒロトは、もういいかな、と服を着て、水を2つのコップに注ぎ片方を私に渡してくれた。「ありがとう。」「どういたしまして。」
 ヒロトは小さな窓から空を見上げて、雨が降りそうだね、と言って水を飲んだ。そうかな、とベッドに座ると、ヒロトは私の隣に腰を下ろした。傷のことが気になったが、訊かない方がいいと思って何も言わなかった。
「あ、雨」
 本当だ、雨が降った。ポツポツと降り始め、ザーザーと音を立てて雨が鳴った。ジトジトしていやだ。ヒロトが息を吸う音が聞こえる。
「お腹、空かない?」
「うん、ちょっとだけ」
「…名前、こっちにきて」
 ヒロトの声がジトジトした部屋に響く。言われた通りヒロトに近付くと、私の両腕はヒロトに掴まれて動けなくなっている。「え?え?」「驚いた?」「え…」「これじゃあ、まだセックスは早いかな?」「ホントにする気なの?」「もちろん」「まだ出会ってそんなに経ってないのに」「日にちじゃないよ、セックスは」「愛がないじゃん」「おれはあるよ」「うそだぁ」「うそじゃないよ」「うそでしょ」「うそじゃないって」
 あーあ、うそつきだ。

 外から、異国の人の話し声が聞こえた。私は体が硬直して、肩に力を入れる。大きな窓を見ると、ヒロトが私の肩に額を置いていた。こんなことしてる場合じゃないのに、明かりを消さなくちゃいけないのに。だけど、少しドキドキしている。
 「動かないほうがいい」掴まれていた腕が軽くなったと思ったら、今度は体全体がヒロトに掴まれる状態になった。そして、外の声も近くなってきた。どちらも緊張としてドキドキと心臓が波を打っている。
「声、近いね」
「名前怖い?」
「うん。怖い」
 私の冷たい手はヒロトの冷たい手に抱擁するように優しく握られた。不思議な気持ちになる。ヒロトは人間であって、予言者であって、神様のようだ。「ヒロトは?」私が訊くと、ヒロトは少しだけ間を置いて、「ううん」と否定する。「あまり、怖くはない」
「手、冷たいね。」ヒロトは薄く笑って言った。「そうだね、ヒロトも冷たいよ。」「じゃあ冷たい同士、暖め合おうか」と、更に強く手を握った。


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