プレゼント | ナノ


 雲と辺りの暗さからして、多分、午後四時頃だろう。
 わたしは銃を持ち替えて足を進めた。ジャリ、ジャリ、家に帰ろうといつもの道を無心で歩いていた。
 ――誰かいる。
 すぐに物陰に隠れて向こうの瓦礫に座っている人間を体勢を低くして隙間から覗き見る。わたしのように、どこにでもいるような人間の雰囲気ではない。昔の人間のような雰囲気を持っていた。周りには誰もいない。武器を手に持っていない、ポケットにでも入っているのだろうか。
 私は立ち上がり少年に近付き声をかけた。
「何してるの?」
 少年はわたしを見てふんわり笑った。わたしは笑っていない。頬に付いた土を拭い、
「死んじゃうよ」
と、言った。少年は首を横にも縦にも振らず、「そうかもね」、と言って瓦礫から下りた。


 この前までは、本当にこの前まで、昔は、人間がたくさん溢れていた。一ヶ月と三日前、日本は突然学生たちを軍に入らせようと呼びかけた。初めは誰だって、変だな、おかしいな、と思っただろう。わたしを含め多くの学生たちは、軍に入ると同時の都合の良い条件を知ってから、呼びかけを気にしなくなった。今となっては、こういう事だったのか、と納得させられる。軽い気持ちで軍人になるんじゃなかった。
 でも、とても楽しい日々だった。普段の学校には行かなくてよかったし、話で聞いていた軍人のやるようなことはしない、楽だった。
 だけど、やっぱり変だった。いきなり戦争が始まって、いきなり街は崩れ、廃墟と化した。太陽の光は、週に四回ぐらいしか感じない。太陽はほんの数分で黒い雲に隠れてしまう。本当に、少しの間の光。
 軍の学校は驚くことに無事だった。しかもその時地下にいたから、わたしはこうして生きている。幸い軍で勉強をしていたから食に困ることはあっても、この環境に困ることはあまりない。
 日本に、核は落とされていないようだ。


 少年はわたしを撫でるように見回し、ふんわりと笑う。軍人だったのだろうか。しかしわたしを敵視していないように見える。わたしは銃をおろして少年に、あげるよ、と言って持っていた銃を渡した。少年は銃を受け取りながら「使い方わからないんだ」と、言った。
 わたしは驚いて少年を凝視した。今までどうやって生きてきたの。「軍人じゃないの?」「おれ、軍には入らなかったから」確かに、軍に入るのは強制じゃない、自分の意思で決めることだった。「今までどうやって生きてきたの?」
 生きてきたの、一ヶ月の間のことを指している。少年は肩にかけていた大きなバッグの紐を前に回してバッグの中から食べ物を見せてくる。「こういうこと」少年は袋から食べ物を出して口に入れた。
 「ああ、そういうこと」「うん」「でも食べて、ずっと?殺されそうになった事は?」「隠れてたからさ」「へえ、すごいね。でも何で今日はこんなところにいるの?」「今日はちょっと、そういう気分だったんだ。」「わたしに殺されるかもよ?」「まあそうかもね」「怖くないの?」「いつも怖いさ。今も怖い。でも、運命かもしれないし、ね」
 彼は最後に躊躇いながら「ね」と言った。多分、今もわたしを恐怖の対象として見ているのだろう。わたしも少年を恐怖の対象としてみている。怖いのだ。「死」というものは簡単だから、怖いのだ。
 銃の紐をゆるく掴み、銃を引きずりながら家に帰る道を歩いていく。「どこ行くの?」振り返るとふんわり笑った少年が、わたしの銃を射抜くように見つめている。「帰るんだけど、」
「おれも、君と一緒に行きたい」
「…は?」
「だっておれ野宿だし。いいだろう?」
 また、は?と言葉が勝手に口から零れて、銃を抱かえた。
 「怖い」と思った。殺されてしまうんではないかと思った。でも少年はそんな雰囲気をは出していない。でもこの時代だ、何が起こるかわからない。
「銃は、ナイフは、手榴弾は、」
「三つとも持ってないよ。確認してもいいよ。ね?危険人物じゃないでしょ?」
「う…ん?」
「君が殺されそうになった、おれが守ってあげる。おれはヒロト、よろしく」
 勝手によろしくされていた。ヒロト、の服をあちこちと探ったが、本当になにもなかった。
 君が殺されそうになったら、おれが守ってあげる?うそつけ。銃もナイフも手榴弾も持ってない奴がいうな。
「わたしは名前」
「よろしくね、名前」
 もうじき外国人が歩き始めるだろう。銃を肩にかけてバッグの中から弾を出した。殺して、奪った弾だ。
 二人分の食事はあるだろうか。「ヒロト」「うん?」「二人分の、食べ物、」「ああ、あるよ」ヒロトはバッグの中から食べ物をチラつかせた。
「どうしてこんなに?」
「港で軍の人がくれるよ。あとは、万引き。言い方おかしいけどね」
「え?軍が?」
「うん」
 知らなかった。港は危ない場所だと思って避けていた。いつもと違う帰り道を、歩きなれないわたしと歩きなれないヒロトが肩を並べて歩く。ちょっと緊張するな、とヒロトは地面にぶつけるように言ったので、わたしも地面にぶつけるように、そうだね、と言った。
 今日は随分明るい空の色だ。



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