Beyond the...
(DOOM SPELLの続編です)


ロンドンのホテルの一室。
ノックの音が響いた。

――誰だ?俺がここにいるって知ってる奴なんざいないはずなのに。


ティキは訝しみながらもドアを開けた。


そこに立っていた人物を見て、ティキは硬直する。


「壊して……」
ナマエ・ミョウジは静かに言った。

ドアの前に佇む彼女の目には、絶望と苦痛、そして微かな希望がごちゃ混ぜになって映っていた。

そして彼女は言ったのだ、壊して、と。

「ナマエ……」
呆然と、目の前にいる人物――心の底から愛し、その愛故に道を分かたなければならなかった――を見つめる。

咄嗟に何も言えなかった。

「一体、どうして――」
思考停止した脳が作り出した言葉。


ナマエは張り裂けそうな胸の内を映した瞳をティキから逸らさない。
「教会は、棄てた。教団も、棄てた。――あとはこの……イノセンスだけ。」


だんだんと、思考が戻ってくる。「ナマエ、君は。」
何てことを決断してしまったんだよ。
そう言おうとして、言葉はせり上がってきた感情の渦に飲み込まれる。

言葉にならない。できない。

ティキはそっと、ナマエの頬に触れた。

瞬間、ナマエの瞳から涙があふれた。
家を棄て、信仰という心の支えを棄てた苦痛と悲壮の詰まった涙。

しかしその瞳の奥のかすかな希望は消えない。

「あなたと一緒に生きたいの。だから……」

短い言葉に込められた思いは切ないほどに強くて。
ティキは触れていた指でナマエの涙を拭った。

そしてそのまま腕を彼女の背中に回し、部屋に導き入れた。
背中に回した腕に少し力を込め、ナマエを抱き寄せた。

過去にヴァチカンで、たった一度だけそうやって抱きしめた。
その時より細くなった肩。
そんな細い肩にのしかかっていた苦悩を思うと、自然と抱く腕に力が入る。

カチャリと、ナマエが持った剣が鳴った。


ナマエはティキの手を取ると、そのまま剣に触れさせた。
そのまま何も言わず、ティキの腕の中から彼を見上げた。

「本当に、いいのか……?」
「ええ、」
ナマエはそう言うと、ティキの背中に回した腕に力を入れる。
それを感じたティキは、少し目を閉じると自分のスイッチを切り替えた。

すっと額に聖痕が浮かび上がり、肌は浅黒くなる。


"半寄生型"
ヘブラスカは彼女のイノセンスをそう名付けた。
元は一つのイノセンスだ。
どういうわけか二つに分かれ、片方はナマエに寄生し、片方は剣に宿った。

家宝の剣。

幼い頃、アクマに家族を殺された。
その時咄嗟に手に取ったのがこの剣だった。

そして今は亡きイェーガー元帥に出会って弟子となり、各地を旅するうちに教会に出会った。

黒の教団では家族と言える仲間たちに出会った。


全ての始まりは、このイノセンスだった――


それでも。
――思い出よりも、師を殺したことへの憎しみよりも――

ティキへの想いはそれらに勝る。

全てを棄てても、あなたと生きてゆきたい。


ティキが剣の中心部に埋め込まれた赤い十字架を握る。
赤く弱々しい光がティキの指の間から漏れた。

ティキは握った手に力を込めて――

「……ああっ……か…は…っ……」
ナマエの全身に迸るような痛みが走った。
あまりの痛みに、彼女は膝を付きそうになる。
苦しむナマエを見て、ティキはイノセンスを握る手をゆるめた。
それを見たナマエは喘ぎながら、しかし決然と言う。
「だ…大丈夫……だから…っ……もう、終わら…せて…」

不安げにナマエを見つめたティキは、思い直すと力強くナマエを支え、もう一度イノセンスを絞め殺すかのように握りしめた。

ナマエが悲鳴を上げた。
その頬を伝う涙は痛みのためのものか、長年共に在ったものを喪ったためのものか。

ティキの掌の中で、剣に宿ったイノセンスは塵となり、消えた。

ガランとやけに大きな音を立てて、折れた剣が床に転がった。

ナマエは荒い息をして涙を流しながら床に座り込んだ。
「…ティキ……まだよ…片割れが……私の中に、在るの……」
触れてみて、と小さく震える声で言うナマエを心配そうに見つめながら、ティキは背中に回していた腕をそっとなでるように動かした。

ナマエの左の肩胛骨のあたり。
そこにティキの指が触れた時、ぴりっとした刺激が伝わった。
ティキは、これか、と問いかけるようにナマエを見た。
ナマエは、貴方ならできるでしょう、と弱々しく微笑んだ。

ナマエには触れず、イノセンスだけを掴む。
痛みに備えて、ナマエが体を強ばらせるのが感じられた。

「すぐ、終わるから。」
そう囁くとティキはぐっと手に力を込めた。

ナマエの体が痛みで震え、彼女は唇を噛みしめた。

「ティ…キ…――」
涙に霞んだ瞳にティキを捉え、そして塵となったイノセンスをちらりと見やると、ナマエは意識を失い、ティキの腕の中に倒れ込んだ。


ティキはしばらく、倒れたナマエを抱き止めたまま床に座っていた。
ナマエの頬を伝った涙をそっと拭う。

先ほどのショックのせいか、血の気の引いたナマエの顔。
白磁の肌は透き通るようで、少しやつれてはいるものの、信じられないほど美しかった。

儚くて、今にも消えてしまいそうなナマエをどこへも行かせないと言わんばかりに一度きつく抱きしめると、ティキはそっと彼女を抱え上げてベッドに寝かせた。


彼女の艶やかな金色の髪がベッドに広がり、光を反射する。

――すげ、キレイだ…――
思わずティキはそれに見とれた。

――でも今は、君の瞳が見たい。――

秋空のように澄んでいて、どこか憂いを含んだ青い瞳。
ティキは何よりナマエのその瞳に惹かれたのだ。

ベッドに腰掛け、額から頬を優しくなでる。
と、微かにナマエの瞼が動いた。


深く息を吐き出すと同時に、目を開けた。
何度か瞬きをして、ぼやけた視界を追い払う。
見下ろしていたのは、いつものあの笑みを、愛しくてたまらない笑みを浮かべたティキだった。

笑いかけると、ティキは照れたように目を逸らし、覆い被さるようにしてナマエを抱きしめた。
ナマエも夢中で抱きしめ返す。

「起き上がる?」
身じろぎしたナマエにティキはそう聞いて体を離す。

起き上がろうとしたナマエだが、腕に体重をかけたとたん、力が入らず崩れそうになった。
すかさずティキが背中に手を添えて抱き起こしてくれる。
「寝ててもいいんだぜ?」
「ありがとう、でも大丈夫よ。それよりも…」
言いながらナマエはティキに抱き付く。

「絶対、離さないで…
もう私たちは敵じゃない。どこにでもついて行くわ…」
「当たり前だろ、嫌だって言われても絶対離してなんかやらねえ。今日からオレが、ナマエの新しい家族だ…」

ティキはナマエの顔にかかった髪を耳に掛けてやり、そのまま優しく口づけた。

少しして離れた唇。
至近距離で微笑み合う。


「「愛してる」」

あの時は言えなかった、言ってはいけなかったその言葉を。


微笑んだ互いの瞳はひどく暖かくて、優しくて。

どちらからともなく目を閉じ、そしてもう一度唇が重なった。


End.


『Doom Spell』の続編、ハッピーエンド編でした。
『Doom Spell』を書いたときはハッピーエンドはあり得ないって考えてたんですけどふと思いついたので書いてみました。


2010.9.17
2013.9.14:修正

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