だ、愛しくて


「ティキ!来たのね!いつ来るんだろうって、ずっと待ってたのよ!」

窓から身を乗り出して、ナマエは声を上げた。
ナマエの声を聞き、姿を見つけたティキは、あいさつ代わりに手を挙げる。

久しぶりの再会。ティキにとっては妹のような、いとこのような、幼馴染のような存在。……だった。

前に会ったのは、 3年前だっただろうか。
もともと可愛らしかった。しかしこの 3年でナマエは、驚くほど『美しく』なっていた。

「お父さんは?」
人気のない家に足を踏み入れて、ティキは聞いた。
「死んじゃった。 2年前に。」
「そうなのか…。…残念だな。」
どう言っていいか分からないようなティキを見て、ナマエは中途半端に微笑んだ。
「そうね。」

前に来た時よりも広くなったような室内。
その中に溶け込むナマエの細い姿。

いきなり、胸が締め付けられた。

すっきりと整った横顔。
1つにまとめた髪から落ちた後れ毛。
そして、どこか遠くを見ているようなその眼差し。

全てが、心に突き刺さる。


家の中に、自分以外の人がいるという感覚を、長い間忘れていた。
人の息遣いというものが、こんなに感じられるなんて。
ティキと目を合わせられないのはどうして?
『人』が居るから?それとも、『ティキ』が居るから?

あんなに、背、高かったっけ?
あんなに、指、長かったっけ?
…あんなに、素敵な人だっけ?

「…お父さんの部屋、使っていいから。」
「ん、ああ、ありがとう。」

微妙な、それでいてどこか落ち着く、間。
会話がないと、とても静かな空間が広がる。
だがそれは居心地の悪い沈黙ではなかった。


「ねえ、ティキ、旅の話を聞かせて。どこの国に行ったの?どんな人がいたの?どんな音楽を聴いたの?」
「おいおい、そんなに一度に聞かれても。行ったのはイタリア、イギリス、それから中国。いろんな人に会ったけど、基本的にはみんな同じだよ。みんな所詮は人間。それから…音楽だっけ?あいにく俺はあんまり音楽は聴かないんでね…違いなんてよくわからねえよ。」
「そう…そうなんだ。私も行ってみたいな。いいなあ、ティキは。いろんな国に行けて。私なんて…多分、ここで一生単調な暮らしだわ。
だから…ティキ、私にとってはあなただけが『世界』とつながる手段なの。」

そう言うと、ナマエは少し寂しそうに笑い、少しして吹っ切るように立ち上がった。
「ティキ、おなか空いてるでしょう?晩ご飯にしましょ!」


出されたのは、とても質素な料理。いろいろな国を訪れ、千年伯爵といるときには高級料理を食べる機会もあるティキにとっては、特に珍しいものではなかったし、むしろ物足りなささえ感じても良いようなものだった。しかしティキは、彼女の手料理がとても、とても心の落ち着くものだと思った。

「なんか、すげー、ほっとする。」
そうナマエの料理を評したティキに、ナマエは何も言わずに微笑んだ。

たったそれだけのことだったが、それがティキにはとても愛しく――そう、愛しく――感じられた。

それを意識した途端、ティキにはナマエが、今まで見てきたのとは別人に見えた。


「…ティキ、」

洗い物を終えたナマエが、唐突に切り出した。

「私、気付いちゃったかもしれない…」

「え?」
部屋に戻ろうとしたティキが振り向くと、いつになく真剣なナマエの視線とぶつかった。

「私、あなたのことが好き。今日、あなたがここに来た時から、考えてた。ずっと前からそうだったのかもしれないけど、こんなに意識したのは初めてなの。
ティキ、あなたが、好き…」


客観的に考えれば、嬉しいに決まっている。
しかし、ティキの口から出たのは――愛しい、とか、美しい、とか感じていたにも関わらず――、困惑の言葉だった。

「ナマエ…どうして…」
「あなたを…人を、愛することに理由が必要なの?」

ナマエは小さく笑って言った。

「理由なんて、ないわ。ただ、愛しくて…」
ナマエはティキの右手をとり、自分の胸の前まで持ってくると、自分の両手で包みこんだ。

「愛してるわ、ティキ…」
そう言うとナマエは、そっとティキに口づけた。

「ナマエ…」
いきなりのことに、ティキはとっさに何が起きたか分からなかった。
徐々に覚醒した頭で考え、ティキが最初に口にしたのは、こうだった。

「ナマエ……今、何を言ったかわかってる…?」

それを聞いたナマエは、少し眉を寄せた。
「馬鹿にしないで。もう、子どもじゃないの。今のが何を表わすかぐらい、わかってるわ。」

柔らかな唇の感触、水仕事をして冷え切った細い指、真剣な眼差し。
それら全てが、ティキを魅了した。
守ってやりたいと、心の底から、痛切に思った。

気付いていたはずなのに――
「どうやら、子ども扱いをしていたようだな。」
そう、呟くように言うと、ティキは空いている左手でナマエの腰を引き寄せると、さっきの突然のキスのおかえし、と言わんばかりにくすりと笑ってキスをした。


数日後。今まで、何回も経験してきたようにティキはナマエのところから出発しようとしていた。

いつもの別れと違うのは、寂しさや切なさがけた違いだということ。

「ねえ、ティキ、あなたはどこへ行くの?私を連れていってはくれないの?」

ナマエの言葉に、ティキは一瞬の逡巡の末、答えた。
「駄目だね。連れていくわけにはいかない。」
「どうしてよ…?」
「俺がここに『帰ってくる』のは、君がここにいるからだ……えぇと、俺が俺であるために、俺が俺に戻るために、君はここにいてほしい。何つーか、意味分かんねえけど、まあ、そういうことなんだ。」
「……ばか。」
そんな風に言われたら、引き下がるしかないでしょう。

ナマエは、泣き笑いのような表情を浮かべてティキを見た。
「ごめん。…また来るよ。」
ごめん、と言って微笑むティキは、いつも別れるときのようにナマエの頭をなでようと手を伸ばし――唐突に抱きしめた。
「じゃあ、な。」

「…帰ってきてね。」

ティキはすっと笑うと、とてつもなく優雅にナマエに背を向けた。


End.


漣風様…!大変遅くなってしまって本当にすみません。…すみません!
漣風様のみ、お持ち帰り可能です。
「人を、愛することに、理由が必要なの?」っていうのが使いたかっただけです。

2013.9.15:修正

|
page:

page top
top main link clap
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -