或る夜
カチリ、と音がしたかと思うと、そこに小さな火が灯る。
その火は煙に曇り、消える。
「忘れたの?」
小さな火の消えた、真っ暗な部屋に女の声が響いた。――しかも、かなり嫌そうな。
「あ…ごめん」
「謝るのなら、さっさとその煙草を消してくれないかしら」
そう言うと、彼女は窓を開け放した。
「…寒くないか…?」
「煙臭いのと、寒いのとなら、私は寒い方を選ぶわよ。…明かりはどこ?こう暗くちゃ、何もできないわ。」
ティキは溜息とも笑いともとれる音を漏らすと、手探りでランプを掴み、火を入れた。
一連の動作の最後に、煙草を灰皿に押し付ける。
「有難う。」
「いいよ。」
「お疲れ様、ティキ。」
「君こそ、ナマエ。」
仕事を終えて、ティキとナマエはさっきティキの部屋の前で落ち合ったのだ。
「ワイン、入れるわ。」
そう言うとナマエは、棚からグラスを2つ取り出すと、それにワインを注いだ。
互いの顔を見ると、いきなり疲れが押し寄せてきた。
ナマエは、近くにあった椅子にもたれ掛かるようにして座った。
ティキも、卓を挟んで向かい側に腰掛ける。
2人は同時に深く息をついた。
我が家に帰った居心地の良さと、相手に会えた安心感から、どちらともなく微笑む。
疲れているのか、どちらも言葉は発せず、微笑みながら暫くの間見つめ合った。
「帰って来たな…」
「帰って来たわね…」
「また禁煙生活か…」
「いつもベランダで吸ってるじゃない…」
そして、また沈黙。
けだるい空気が漂う中で、どこかそれを心地良いと感じる。
この空間は、ティキとナマエ、2人だけのものだった。
「はぁ…」
ティキは沈黙を破って、溜息にも似た掛け声と共に立ち上がると、卓を回り込んでナマエの方へ近づいた。
そのまま腰を屈めてナマエにキスをしようとする。
その唇を、ナマエは直前に制止した。
「歯磨き、してからにしてよ」
ティキは肩透かしを食らったような顔をしたが、にやりと笑うと言った。
「ワイン飲んだから、煙草の臭いはもう消えたよ」
ナマエはやれやれといった表情をして、微笑んだ。
そして制止していた指を、ティキの唇から頬へと動かし、目を瞑った。
End.
多分腰をがんばって屈めてるティキはキスした後こう言います。
「ちょっとナマエ、この体勢かなりキッツいんだけど………あー腰痛っ…」
2010.12.12:修正
2013.9.15:修正
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