色の街


短い昼が終わる。夕焼けにはならず、灰色の日暮れ。

街には柔らかな灯が点り始める。
その明かりに浮かび上がるのは、赤や金の飾り付けをしたモミの木。

今日はクリスマスだった。
恋人達や子供連れの親子の楽しそうな話し声が街に響く。

しかし、ナマエがいるのは冷たい石畳の階段。さっきからずっと座っている。
よく彼女を見てみれば、その服はあちこち汚れ、冬に着るにはいささか薄すぎることがわかるだろう。
おまけにナマエは裸足だった。

ナマエは少しでも体を暖めようと自分の体を精一杯縮めた。


「何してんの?そんな寒いところで?」

突然背後から男がナマエに話しかけてきた。
ナマエが振り向くと、そこには立派な燕尾服を着てシルクハットを被った紳士。

「…誰。私を買おうっていうんならお断りよ。」
ナマエは警戒心もあらわに答えた。金持ちの男が乞食の女に話しかけるなど、他に理由を思い付かない。
「買う?別にそんなんじゃねえよ。」
そういうと男はナマエの隣にちゃっかり腰を下ろした。
「家は?」

その声が下心なく優しげだったので、ナマエは少し警戒を緩めた。
「家があったらこんな格好でこんなところにいないわ。」
「そうか…そうだよな。…つか俺も宿無しなんだよ」
「嘘でしょ、そんな立派な格こ…」
ナマエは言いかけて目を丸くした。
今まで男が着ていた燕尾服が、いつの間にか擦り切れたシャツとズボンになっている。
「え…っ…どうやったの!?」
「ちょっとね。とにかくこれが俺の姿。俺はティキ・ミック。似た者同士仲良くしようぜ。えーと…」
「ナマエよ、ティキ。」
「ナマエ、何でこんなとこで座ってたんだ?寒いだろ。」
「ここは、私の特等席なの。ここからだと、あのクリスマスツリーが1番綺麗に見えるのよ。」

確かに、この石段からは広場に立つクリスマスツリーがよく見えた。

「ティキは、何しに来たの?」
「適当に歩いてたらここに出た。そしたら薄幸の美人と出くわしたってわけ。」
「そんなに『薄幸』に見える?…こんな生活してたんじゃ無理もないけどね…」

ティキはナマエの眼差しと口調に自嘲を見た。
しかし同時にナマエには、女が1人で生きて行くには余りに過酷な環境に身を置いているにもかかわらず、気高さと卑屈にならない誇りを感じた。


「いつまでここで見てんの?」
「わからないわ。どうせ1人のクリスマスならどこに居たって同じだもの。折角良い眺めなんだから、ずっと見ててもいいかなと思ってる。」
「寒いだろ。」
「うん。だけど寝場所に帰ってもあんまり変わらないし。」
「じゃあ2人なら?」

ナマエは隣に座っているティキを見つめた。その人は、微笑んでいた。
そして、そっとナマエの肩を抱いた。
薄い服を通して、ティキの温もりが伝わってくる。

「今日俺がナマエに出会ったのは偶然だけど、こんなに幸せな偶然は生まれて初めてだ…」

さっきよりも近くなったティキの声は、ナマエの心の奥底を淡く暖かい光で照らした。

「ティキ…」

ナマエは、気付くとティキに身を預けていた。


2人の乞食に目を向ける者などいない街の片隅で、ティキとナマエは互いに温もりを共有するように身を寄せ合って、クリスマスツリーを眺めながら更けて行く夜を見ていた。

2人にとって、今この瞬間、互いが全てだった。2人の周りの全てのものが色を失い、灰色になった様だった。

「ティキ…あなた寝るところはあるの?」
「…考えてなかった。」
「じ…じゃあ、今日は私と一緒にいてくれる…?」

ナマエは、今の自分の言葉がティキにどう聞こえるか十分わかっていた。だが、ティキと一緒に居たい、という一心があるのみだった。
それに、ティキなら、それをわかってくれるだろうと確信していた。

「喜んで、お姫様。」

そう言うとティキは、肩を抱いた手に少し力を入れ、ナマエに優しく口づけた。


その夜、2人はしっかりと抱き合って眠った。
寒さも、不安も、孤独もなにもかも遠ざけるかのように――

周囲がやけに明るいので、ナマエは目を覚ました。

街は一面の銀世界だった。
朝の光が雪に反射して、ナマエを起こしたらしい。

隣でティキがごそごそと動いた。
「…ん…もう朝か…?」
「おはよう、ティキ」
「うっわ…眩し…雪かよ。2人で寝てなかったら凍死してたかもな?」
「ほんとにね。…でも側にいてくれたのがティキでよかった…ありがとう」

ナマエの言葉は、言外にもう行ってしまうのかという嘆きを含んでいた。


「…なあ、ナマエ」
ティキはナマエを腕に抱いたまま体を起こし、髪に口づけながら言った。
「俺と一緒に街を出る気はないか?」
「え…?」
「俺はこの街の人間じゃないし、すぐにでもここを発たなきゃならない。一緒に行こう。ナマエと離れたくないんだ…」
「でも、どこへ…」
「俺の家族のとこ。あそこなら今よりマシな生活ができるし、何より、毎日、いやいつでも会える。」

ナマエはティキをじっと見つめ、そして答えた。

「わ…私、ティキと一緒にいられるなら、どこにでも行きたい。だけど…だけど、私だけが新しい生活を始めるなんて、この街で私と同じような生活をしてる人への裏切りになってしまうわ。今までお互いに助け合ってきたんだもの……ティキ、どうすればいい?」

「…それじゃ、こういうのはどうだ?」
ティキは悪戯っぽく笑った。
「―俺がナマエをさらう。これなら、何の弁解の余地もないだろ?」

そう言うやいなや、ティキはナマエを抱き上げ、白一色に塗られた街を、門に向かって歩きだした。


ナマエはもう何も言わず、頭をティキの左胸に預け、その心臓の鼓動を聞いていた。


とても、温かかった。


End.


初ティキ夢。なんとまあ手のお早いことで…

2010.12.13:加筆修正
2013.9.15:修正

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