02


その日シルバがそこを歩いていたのは全くの偶然だった。シャーマンファイトとその予選が数年後に迫り、十祭司の1人に選ばれている彼である。準備を着々と進めてはいるが、毎日がシャーマンファイト一色というわけではまだない。シャーマンでない時(尤も、そんな時など皆無に等しいのだが)はネイティブアメリカンのしがないメディスンマンである。

今日は「メディスンマンな」彼だった。とはいえ持霊のシルバーアームズはいつものようにシルバと一緒にいて、好き勝手に話をしている。うるさいとはもはや思わない。当たり前すぎるのだ。
メディスンマンとはいえ、現代では呪術師や医者としての役割はもうほとんどない。パッチ族のように、部族の中に占めるシャーマンの比率が高く、また脈々とシャーマンファイトの運営を受け継いでいるような部族であっても、病気になれば現代医学の世話になる。精神的な病気に罹ったのならば、頼るのは祈祷師ではなく精神科医だ。それでも、メディスンマンとはつまりシャーマンのことであり、精霊と交信することのできる彼らは部族の伝統や精神、伝説の生きた証人である。現在でも部族の者からは信頼されており、伝統を重んじる、特に年配の層は彼らのことを頼って訪ねてくることがあり、そういう時には薬の調合やその他いろいろな頼まれごとも引き受けている。

今日はというと、薬にする野草を集めに来た――などといえばまさにメディスンマンらしくて聞こえがいいのだが、残念ながらそうではない。今日はアクセサリー作りに使うトルコ石の原石と、ビーズにするのにちょうどよい木材を探しに来たのだ。パッチ族の財政状況はすこぶる悪い。十祭司といえど、少しでも資金を稼ぐために伝統的なシルバーアクセサリー製作に追われている。…やらされているという感じはあるものの、シルバはこれが嫌いではないので決して苦痛というわけではない。ただ、作るだけならまだいい。問題は、材料を大量に購入するような資金はどこにもない、と族長のゴルドバが宣言してしまったために原材料までも自分で調達しなければならないということだ。さすがに銀は自分ではどうすることもできないので業者から仕入れているが、その他のもの――例えばそれが、トルコ石やビーズである――はなるべく金をかけずに調達するようにしている。その方法がこれである。

この辺りにはトルコ石の原石のとれる鉱脈がある。この辺りに住んでいる者、つまりパッチ族しか知らないものだが、これをオーバーソウルなどの力を借りて少しずつ掘っている。こんな金のなる木がすぐ足下にあるというのに、大々的・商業的な鉱山開発は一切行われていない。パッチ族にそうするだけの資金力がないのはもちろん、村を含めこの周辺全体が国の自然保護区域に指定されてしまっているので、先住民族といえど手が出せないということが最大の理由である。…彼らはアメリカ合衆国という国ができる以前からこの地に暮らしているのに、勝手な線引きをされても困る、といったところだ。


いくつかの原石(原石は、持って帰ればパッチ族自慢の技術で削り出し、磨き上げられる)を発見し、ビーズにできそうな木片や枝(これも同じく、綺麗に丸や四角に加工できる)と一緒に革の鞄に無造作に詰め込むと、シルバは一度伸びをした。下ばかり向いて探していたので、背中を伸ばした時に骨が鳴った。さっさと帰ってコーヒーで一息つきたいものだ。来た時と同じようにシルバーウイングでひとっ飛びしたいところだが、森の中なのでそういうわけにもいかない。よく見知った森の中を歩いて、シルバーウイングが飛べる程度の開けた場所へと向かう。


『シルバ、何か聞こえなかったか?』
木々が途切れると川に出る。もう少し先にそれが見えてきた時、不意にそう言ったのはシルバーウイングだった。
「そうか?お前ら聞こえたか?」
それを聞いてシルバが他の精霊たちにも尋ねる。彼らは一様に首を振ったが、何となく黙り込んだ。何か聞こえるかもしれない、と思ったのだ。

『――!――か!』
シルバーウイングが静けさに嫌気がさしてやっぱり勘違いだったみてえだな、と言いかけた時、不意に風に乗ってそれは聞こえた。だからシルバーウイングは今の今まで自分の勘違いだったと言おうとしていたのを180度逆にして自慢げにまくし立てた。
『ほらな!俺の言った通りだろ?文句――』
シルバーウイングは言いかけた言葉を途中で切った。シルバが有無を言わせない表情で黙れと手を上げたからだ。
「シルバーテイル、どこからか分かるか?」
『風もあったから確実じゃねぇが、多分川の方からだ。』
『どうしたのシルバ?そんなにあの声が気になるの?」
「人か霊かは分からんが、お前らも聞いただろう?かなり必死だったぞ、あれは。人だったら観光客かパッチ族で、この辺りは観光用のルートはない。パッチ族なら普段森であんな声のあげ方はしない。霊だとしてもそうだ。声をあげて注意を引くなんて、ここらの霊は滅多にしないからな。何にせよ、何かあったんだろう。」

シルバ達が声の出処と思しき川原に出ると、一瞬、そこには何も見当たらなかった。ぐるりと見回した時、不意に水の中から突き出した女の頭が見え、シルバはぎょっとした。いくら霊を見慣れているとは言っても、生首が水から突き出しているというのはあまり普通の光景ではない。
『ここよ!助けて!!』
その頭が必死に叫んだ。
『人がいるの!早く!』
それを聞いた途端にシルバは駆け出す。

水の中の人間霊――いや、精霊だろうか。それが水の中から上半身を乗り出すようにして、これもまた半分水に浸かった女性が川の流れにさらわれないように支えている。その女性は顔面蒼白で気を失っている。駆け寄ってそれを見て、シルバは状況を一瞬で理解した。
とてつもなく冷たい水に足首まで浸かり、意識のない女性を岸へと引っ張り上げた。服が水を吸っているせいで重く引き上げにくくなっている上に、シルバが触れた時、その女性はひどく冷たかった。岸辺に寝かされても微動だにしない。

『お願い、早く助けて!私は水に住む精霊だからあれ以上陸に上がるとナマエに触れなかったの…!お願い…!』
蒼白な顔で横たわっている女性はナマエと言うらしい。
「おいあんた、ずっとこの人と一緒にいたのか?何があった?どのくらいこの人は水に濡れていたんだ?」
『ええ…ずっと一緒にいたわ。上流で、何だか恐ろしい精霊に襲われて、それで崖から川に落ちたの…それからはもう必死だったから正確な時間はわからないけれど…日が傾きかけていた時だったから、そこまで長時間じゃないわ。』
「精霊に襲われた?」
シルバは驚いてナマエの容体を調べる手を止めた。近くで話をしてみてわかったが、この霊はかなり強い力を持っている。そんな霊が「恐ろしい」と言うような――
『お願い、手を止めないで…!あの精霊が気になるなら後で話すわ。けど今はナマエを…!』
霊の言葉にはっと気を取り直し、シルバはナマエに目を戻した。濡れた服が肌に張り付いて、刻一刻と体温を奪っていく。
「脈と呼吸はあるな...すまないが、服を脱がせるぞ。このままだと体温が下がる一方だ。」
霊は一瞬不安そうな表情を見せたが、すぐに思い直したのか必死の表情で頷いた。男とか女とか、服がどうとか言っている場合ではないのは彼女にもわかるのだ。
シルバは懐からナイフを取り出すと、肌に張り付いて脱がすどころではなくなっている服を切断していった。
『ナマエ…』
肌が露わになったナマエを見て、ローレライは思わず呟いた。もともと色白のナマエではあるが、今は全身が血の気を失っていて、それこそ紙のように真っ白になっていたのだ。

一通り服を剥ぎ取ると、助けてくれた男が自分の着ているマント(彼はこの辺りの先住民族なのだろうか、それらしいマントを羽織っていた)でナマエを包むとそのまま抱き上げた。
「シルバーウイング!飛べるよな?」
『カリムに比べりゃ軽いもんだろ』
男が呼ぶと、今まで気づかなかったのだがその男の背後から大きな鳥の精霊が現れた。
『…!あ、あなたシャーマンだったの?』
ローレライは目をしばたかせた。考えてみれば当たり前のことなのだが。
「そうじゃなきゃあんたのことだって見えないだろう。」
『ああ…そうよね、当たり前だわ。ごめんなさい、私、かなり動転しているのね…』
そうは言ったが心ここに在らずという感があった。とはいえ自分が、自分で思っている以上に狼狽しているということに気づいたローレライは、それによって少し落ち着きを取り戻した。周りを見渡してみる。
男は今しがた呼んだ精霊以外にもあと4体の動物霊を連れていた。
「とりあえずうちに運ぶぞ。早く暖めないと…」
そう、自分の持霊とローレライに言うともなく言うと、続けて今度はローレライを振り返った。
「あんたも来るんだろう?」
『もちろん…!』
「じゃあ遅れないように着いて来てくれ。シルバーウイングは速いからな。」
『あ!待って!ヴァイオリンが…!』
今にも男が精霊に連れられて飛ぼうとした時、ローレライはとてつもなく大切なことを思い出した。
ナマエは、川に転落しても決して自分のヴァイオリンを手放さなかった。ローレライはそれを、ナマエを引き上げる時に一緒に、水の力で岸に運び上げたのだ。
『ヴァイオリンを持って行って!とても大事な物なの!私は触れないから...』
「ヴァイオリン?今はそんな…」
『だめよ!あれがないと私たちは…!』
「…、シルバーロッド!」
男は何かを察したように、蛇の霊に呼びかけてヴァイオリンを持たせた。同時に飛び立つ。男は体格がよく、ナマエを抱いてもあまり負担には感じていないようだ。ただ、かなりのスピードで飛び始めたので、ナマエに当たる風がかなり冷たいのではないかと心配にはなった。


***


飛行はそれほど長くは続かなかった。
少しすると、森の中に少し木の途切れた場所があって、そこに一件の家が建っているのが見えた。どうやらそこを目指しているらしい。
飛行速度を落としながら家の上を一度旋回して、滑らかに男は地面に降り立った。そのまま家のドアに向かい、足で器用にドアを開けると薄暗い屋内へと入って行った。
『大丈夫よ、…そうね、きっと大丈夫。シルバは一応れっきとしたメディスンマンなんだから。』
先ほどシルバーロッドと呼ばれていた蛇の精霊がヴァイオリンを持ったままローレライに話しかけた。
『さあ、家に入りましょ、そばについててあげなきゃでしょ?』
ちらりと尻尾を振って、シルバーロッドはローレライにウインクした。

「お前ら、ソファを暖炉の前まで動かしてくれ。それから湯も沸かしといてくれ。」
運んできた女性をソファに寝かせ、自分は暖炉に火を入れながらその場にいたシルバーテイルらに言った。ヴァイオリンを運んだシルバーロッドもそうだが、オーバーソウルしたままでいるのでそれも可能なのだ。
ずるずるとカーペットを波打たせながらソファが近づいている。シルバはナマエの体をくるんでいた自分の上着を一旦どけると、低体温の他の怪我を調べ始めた。左足と左腕を骨折しているが、その他は特に外傷はない。あの精霊がうまく守ったというところだろう。骨折箇所を固定し、もう一度、今度は厚手の毛布でナマエをくるんだ。しばらくして湯が沸くとシルバはそれを湯たんぽに入れナマエの太い血管のそばに置いた。それから大きく息を吐く。とりあえず今できるのはここまでだ。
『ねえ…大丈夫なの?』
実体がなく、ナマエの体に触れることも、シルバを手伝うこともできないローレライのその言葉にはもどかしさと不安が溢れ出ていた。
「ああ…怪我自体は骨折だけだ。水も飲んでいないようだし。あとは、何にせよ体温が持ち直さないとな。そうじゃないと意識も戻らない。しばらくは温めて様子を見るしかないな。」
『そう……ナマエ…』
容体を聞き、実際にナマエを見てローレライは深くため息をついた。


「なあ、あんたはこの人の持霊か?水に落ちた時助けたのはあんただろ。この辺りの崖から川に落ちたら普通は全身強打して即死だ。この人がこれだけの怪我で済んだのはあんたのおかげだよ。」
処置がひと段落したので、シルバは豪快にシワの寄ったカーペットを直しながらローレライに話しかけた。
『でも私だけではどうにもならなかったのも事実よ、助けてくれて、本当にありがとう。...私はローレライ。あなたの言う通り、ナマエの持霊よ。ええと、人間の分類で呼ぶならセイレーンの一種ね。でも本質は音楽の精霊だから水への干渉力はあまりないわ。』
自分にもシルバにももうできることがないと分かると、ローレライは心配そうな目つきでナマエを見つめるのはそのままにとりあえずは気持ちを切り替えた。
「俺はシルバ。見ての通りネイティブアメリカンだ。こいつらは持霊のシルバーウイング、シルバーシールド、シルバーテイル、シルバーホーン、そしてシルバーロッドだ。合わせてシルバーアームズ。彼女、ナマエと言ったか?良くなるまでここにいるといい。どうせ独り身だ、遠慮もいらん。ただこいつらがうるさいかもしれないがな。」
『シルバ。ありがとう。…ありがとう。私は今実体を持ったものになることもできないから大したことはできないかもしれないけれど、私にできることは言ってくれると助かるわ。』

「では少し聞きたいんだが…」
シルバは一瞬考えたが、ローレライの方に向き直って言った。
「あんたたちは精霊に襲われたと言ってたが、そのことを詳しく教えてくれないか。」

20131030

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