浮雲 | ナノ


 
 朝に見た星座占い。

 しし座は見事一位。
 ラッキーアイテムはピアノで、ラッキーカラーは黄色。
 アイドル顔のキャスターが『素敵な笑顔で最高の一日になるでしょう』と笑顔で言っていた。

 無垢に信じてる訳じゃない。
 根拠もないし、僕はその類い全般、信じてないもの。

 だけど、ただ。

 もしも、叶うのなら、願いを。






 窓の外に広がる町並みは夕焼けに赤く染まり、家々にポツリポツリと明りが点り始めてた。近くを通れば、何処からともなく鼻腔を擽り食欲を誘う香りがするんだろう。
 先ほどまで部活動に励んでいた生徒達は、今頃その匂いに帰路の足を速めているのかもしれない。グラウンドから聞こえていた活気ある声は、今はもう聞こえなかった。

 下校時間を優に過ぎた時刻。

 校舎に残っているのは、期末テストの採点に追われる教員達と、非常勤の事務員。



 それと、僕達。


「っは、……ぁ!」

 防音対策の施された音楽室。グランドピアノに上半身を預け、甘ったるい喘ぎ声をあげる。

「きもち、……イイ?」

 後ろで腰を振る男が聞いてきた。声が弾んでいるのは、過信の表れか。

「っは、……きもち…イイッ」
「俺、うまいだろ?」
「う、……さいっこ……──ぁあ!」

 期待通りの返事に気を良くしたのか、探るような緩やかな突き上げが途端に激しく乱暴なものに変わる。
 突然の強い衝撃に、僕は思わずピアノの蓋に爪を立ててしまった。光沢ある表面に傷がつく。
 それは小さく、近くで見なきゃわからない程度なのだけど。

(ラッキーアイテム傷付けちゃったよ……)

 この場合運が減少したり無くなったりするものだろうか。
 なんて悠長な考えを巡らせていたが、

「ッ─あ゛ァ!!」

 再び襲ってきた強い衝撃に思考を掻き消された。
 後ろの男はひたすらに自分の快楽だけを求め、がむしゃらな挿入を繰り返す。

「あ゛っ……ぅ゛」

 脂汗が一気に吹出してきた。顔も歪んでいるだろう、眉間には数本皺が刻まれているかも。
 これはマズい。
 呑気に思考に浸ってる余裕はない。

 ――痛すぎ。

「ッ……」

 僕は奥歯を噛んで痛みを耐える。それから打ち付けられる動きに合わせ腰を振り、受け入れてる穴を収縮させた。

「う゛ッ……」

 その締付けに促されるように、突っ込んでた奴は呆気ない程早々にイッたみたい。
 小さな呻きと共に、激しい律動がピタリと止んだ。

 それは幸いだけど。

(……だっさ。下手なうえ早漏じゃん)

 拷問に等しい行為が終った事に安堵しながら、ぼんやりとそんな事を思った。
  
「俺とさ、付き合わない?」

 乱れた服のまま床にペタリと座る僕の横。さっきまで腰を振ってた男は、制服を整えながら聞いて来た。
 目線だけで男を見上げる。

「男とするのは初めてだけど、今までで一番気持ち良かった」

 ニヤニヤと下卑た視線で僕の身体を舐め回す。僕は笑みを浮かべた。

「セックスの相性が良いから、付き合いたいって事ですか?」
「相性って大事だろ」

 もっともらしい事を宣う男に顔が引きつりそうになる。
 その衝動を懸命に抑えてる僕の努力なんて知らないだろう。
 男は呑気に続けた。

「それに、さ」

 顎をとられ、上を向かせられる。

「顔が好みだ」

 言いながら近付いて来る男の顔。僕は顔を背ける事で行為を避け、笑顔を貼り付けたまま非難の視線を向けた。

「ごめんなさい。僕はそんな相手、求めてないんです」
「求めるのはかりそめの相手?」
「はい」

 頷けば男は喉で笑う。

「いいね、好きなタイプだ」
「有り難うございます。でも、付き合う事は出来ません」
「諦めないって言ったら?」
「〜、」

 疎ましさに込み上げる苛立ち。

(最高の一日どころか、事態は悪化の一途じゃないか……)

 媚びた態度が鼻につく、朝見たアイドル顔のキャスターが脳裏に過る。八当たりだろうけど、抗議文を送りたい心境だ。

「〜とにかく、僕は貴方と付き合う気はないですから」
「ならセフレは?」
「いりません」

 ピシャリと言い放てば、目の前の男は空々しい溜め息を吐いた。

「今日の所は諦めるか」
「他日でも気は変わりませんよ」
「またシようね」
「機会があるなら」

 遠回しな拒絶は伝わっていないのか。男は立ち上がり、笑いながらバイバイと手を振り音楽室を後にしていった。


「……はぁー……」

 ドアが閉められ足音が小さく遠ざかるのを待ってから、僕は盛大な溜め息を吐いた。

「っとに、……めんどくさいなー……」

 くしゃりと頭を掻いて、独り呟く。
 今までもこんな展開になる事はあったけど、今回の奴は少ししつこかった。

 僕はただ、セックスをした既成事実さえあればいいのに。

「……でも」

 事実は成立した。思わず顔がニヤける。込み上げる声は流石に抑えたけれど。

 軋む半身に力を入れて立ち上がり、乱れた衣服を整える。それから投げ捨てられたゴムや飛び散った精液の後始末を始めた。
 前までは虚しさを感じながらしていた行為だけど、今は全く感じない。この後の事を考えれば嬉しい下準備にすら思える。

 さっさと済ませて帰ろう。


 きっと、彼が待っている。
 

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