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率直な最初の印象は、地味なヤツ。
一度も染めた事がないだろう黒髪のせいかもしれない。目を隠しそうに長いから、薄くしか見えない目はどんな形かわからない。
それにお世辞にも愛想が良いと言えない。と言うより、悪く感じてしまいそうな表情の乏しさ。
『芹沢って、無愛想だよな』
友人の評価もイマイチだ。
そんな芹沢康太に話しかけたのは、地味と言うか根暗過ぎて近寄り難く、逆に興味を示してしまった好奇心。
「芹沢くーん、コレってわかる?」
中央、前から二番目。芹沢の机の前に立って、数学の教科書を開く。授業で使ってた教科書や筆記用具を片付けていた芹沢は、声に肩を揺らした後視線を上げて、無表情の顔を固まらせた。そして俺を凝視して動かない。
異質な光景に数名のクラスメイトの視線を感じながら、俺は続けた。
「公式意味ワカンナイんだよね」
四時間目の授業で出された不条理な問題に、思い出した先日の期末テスト結果。
数学が壊滅的な点数の俺に対して、芹沢は学年の十位以内に名前を挙げた。
理解不能な問題=(好奇心+期末結果)=芹沢。
多分、理解すれば公式ってそんな単純なモノかもしれない。そんなヘンテコな例が頭を過る位、芹沢の説明はわかりやすかった。
「凄いな、芹沢クン。天才じゃないか?」
大袈裟な程の感銘の声を上げる。それ程に衝撃だった。今だけかもだけど、明解な目の前の公式に感動する。
「数学って簡単だよ。どうしてそうなるか解ってれば、公式を覚えなくても自分で導ける。公式なんて自分で作ればいい」
芹沢は俺の言葉に顔ごと目を逸らしながら、小さく、だけど流暢に答えた。
まるで鼻にかけてるよう。嫌味なヤツ。
いつもの距離で見てたなら、きっとそう感じてたんだろう反応。
だけど俯いて髪に隠れた頬に、ほんのり赤みの色が差していたんだ。
近くに見た芹沢は、初めて見る芹沢だった。
「芹沢クン、お昼一緒に食べない?」
教科書を閉じて、お礼もソコソコに切り出した。
好奇心に距離を縮めたら、興味が湧いた。そんな俺には芹沢の明らかな狼狽も新鮮で。
もっと話をしたくなったんだ。
「芹沢クンは学食?」
一言も発しない芹沢に、更に質問を重ねる。それには戸惑いながらも、お弁当、とだけ小さく答えてくれた。
「なら俺、購買でパン買ってくる」
そう残して俺は購買に走った。直前に見た芹沢は無表情に固まって居た。
俺の勝手な申し出に芹沢の意思はわからなかった。もしかしたら煩わしく思って何処かに行ってるかもしれない。過る不安に、行き交う人をすり抜け全力疾走。
途中先生に廊下を走るな、と受けた注意にすみませんと息を切らしながら戻った教室は絶対数の三分の一程の人数になって居て、──その中に芹沢の姿はあった。
息を弾ませながら俺は言う。
「お待たせ、良かった。待っててくれて」
芹沢の机の上には弁当箱が置かれていた。俺を待っていてくれただろうか。勘違いでもそう思える状況が、素直に嬉しい。
「早速、食べようか」
俺は芹沢の前の席の椅子に逆向きに跨がって、未だ落ち着かない息で言った。芹沢は頷いて二段式の弁当の蓋を開ける。俺は買って来たヤキソバパンの袋をあけながら、自然と目が弁当の中身に行って、声が洩れた。
「うまそー!」
芹沢が開けた弁当の中身はオカズが彩り鮮やかで、ブログとかやってたら写真撮って載せたくなるようなバランス良く旨そうな物だった。
「ちょーうまそー! すげー! プロが作ったみたい! 芹沢が作ったのか?」
余りの驚き敬称すら忘れた失礼な俺を気にする事もなく、
「母さんが、作ったんだ」
そう短く言いながら、──芹沢は口角を上げた。そして、髪に隠れてる目も細められてるのが近さのお陰でわかった。
一般的なソレを100とするなら40パーセント程の筋肉の動きだけど、それは芹沢の弁当の中身以上の衝撃。
芹沢が、笑ったんだ。
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