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ある日幼馴染の朱鷺田が言ってきた。
「僕、好きな人が出来たんだ」
目を輝かせ興奮気味に喋るその姿は、先月中学卒業記念の一つにSF映画を観た時の反応を彷彿させる。
もう何十年も前の作品。
出来るなら映画館で世界に浸りながら観たかったな、と漏らした無理な希望に、その作品を選んだ俺は大満足だった。
「この間校舎で迷ってたら、突然現れて道案内してくれてさ」
「うん」
「その人が背が高くてカッコ良くて、目がブラウンで綺麗でー」
なんて事だ。
恋の相手は、まさかの博士か。
……て、違う違う。この間の映画鑑賞の思い出に旅立ってた頭を帰還させて俺は聞いた。
「……カッコいい?」
引っかかった、恋する女子ヨロシクな浮かれプリで語られる相手の特徴。
まさかまさか?
朱鷺田くんよ。お前は確かに高校男子にしては身長は低めだし、華奢だし、くりくりな目と形のいい小さな唇はバランス良くて、女子に間違われる事も多々あるし、女子です! て今更カミングアウトされても俺、信じちゃうかもだけどさ。
でも、まさかですよ。
「因みに、名前なんかわかってたりする?」
「もう調べ済! 如月雪乃さん」
待ってましたとばかりに朱鷺田は胸を張る。俺は逆に出てきた名前に胸を撫で下ろした。
背の高いカッコいい……モデルの様なスタイルの、名前の綺麗さから凛とした大和撫子を勝手に脳内に描く。
ああ、いいなぁ。お目にかかった事すらない脳内如月雪乃さんにフォーリンラブしそうになってる俺。朱鷺田よすまん。てっきりお前の好きな相手はエメット博士のお仲間だとばかり疑ってしまって。
心の中で詫びをいれてる俺を他所に朱鷺田は、あ! と窓側に掛ける。
「如月さんだ!」
マジか!
早々に到来した大和撫子如月さんを見られるチャンスに、朱鷺田に続き窓側に駆け寄った。
「あれ、あの大勢居る中で一番大きい人」
頬をピンク色に染め指を指すその姿は女子そのもので、指の先を辿った先に見た人物を見て俺は思った。
ホモォ……、と。
窓の外に見た如月雪乃さんは、複数の友人らしき人の中でも突き抜けて身長が高く、ダークブラウンな髪の毛の、真っ黒の学生服を身に纏った、それはそれは立派な男子生徒で。
「朱鷺田……お前ホモォだったのか……」
窓の外から朱鷺田に視線を移し恐る恐る聞けば、朱鷺田の眉が跳ね上がった。
「違うよ! 彼女作ったって僕の方が可愛い過ぎて、彼女は勝手に怒ったり泣いたり病んだりして毎回喧嘩別れみたいになるんだ」
可愛いって罪だよね。と朱鷺田は鼻息荒く嘆く。
確かに今まで何人か居た彼女とは長く続いてなかったなぁ、と朱鷺田の恋愛遍歴を振り返った。
「だから思ったんだ、僕は女子じゃなく男子と付き合う方が良いんじゃないか、て。そしたら可愛さに嫉妬される事もない」
そう熱弁する朱鷺田を見ながら、そうだな、可愛さは罪だな。と俺は納得していた。
一人の男子をホモの道に走らせたのだから。
「そんな時に如月さんが僕の前に現れたんだ。」
朱鷺田は窓の外に視線を戻した。
「如月雪乃。二年二組、二月十九日産まれの血液型O型。中三の弟と小五の妹が居る長男で、身長は184センチ、足のサイズは28センチ」
窓にベッタリと貼り付きながら、聞いてもいない如月さんの情報をペラペラと喋り出す朱鷺田。
どうやって調べたかは知らないが、よくもそこまで詳しく……。と若干引き気味な俺と共に、朱鷺田のテンションも下がった。
「でも……携帯番号とアドレスはわかんなくて」
はは、そこまでわかったら怖いわー。もうそれ、高校男子らしからぬ才能発揮する勢いだわー。と、引き気味のテンションが更に一歩後退。
「てか、情報なんかより、本人とお近付きになりたいんだよね」
うんうん、そりゃそうですよね。
「それに、私物も欲しい!」
うんうん。
……うん?
「だからさ、」
朱鷺田は愛しの如月雪乃さんから視線を外し、俺の両手を取ると大きなお目々で上目遣い。
「協力、して欲しいんだ」
……何だか面倒な話しな気がする。
気はするのだけども。
「お願い、矢倉。僕、本気なんだ」
大きな瞳をチワワの如く潤ませ頼んでくる幼馴染の懇願を、無下に出来る程の薄情さは持ち合わせて居らず。
「……出来る限り」
そんな消極的な返答で、俺は朱鷺田の恋の応援隊になったのだ。
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