For one week | ナノ


 
 俺の席まで来ると、すぐるは整えるように息を吸った。

「直感でマズイな、て思ったんだ。何とかしなきゃ、て。だから、出来る限り弟君と二人きりになる時間を少なくしようとか色々してたんだけど……帰る家が一緒だと流石に限界があってさ」

 さっきまで浮かべていた笑みは消えていて。
 座る俺を見下ろしていた視線を床に逸らし、口元を自嘲気味に歪めた。

「良かれと思ってした行動だったけど、二人の仲を悪くさせただけかもしれない。もしかしたら、俺は何もしない方が良かったのかもって……。その方が、何か一つでも良い結果になったんじゃないか、綾斗を泣かせる事は無かったんじゃないかって、ずっと後悔してた」

 そこまで一気に喋って、すぐるは勢い良く頭を下げた。

「ごめん! 本当ごめん!」
「へっ?! ……え?!」
「今さら謝って済む話しじゃないけど、謝らないと、てずっと思ってて……」
「ちょ、……え?! すぐ……」

 突然の行動を飲み込めずあたふたしてる俺をよそに、すぐるは頭を上げると席に乗り上げるように顔を近付けてた。

「気が済むなら、殴ってくれても構わないし」
「えぇっ?!」
「いっそ、ボコボコに……!」
「まっ……、待ってくれ! 落ち着いてくれ!」

 思わず声を張り上げた。
 その声の大きさに、猪のようなすぐるの勢いが止まる。

「俺、すぐるを殴る気はないよ」

 真っ直ぐにすぐるの目を見て喋った。
 二人きりで面と向かって話すのが久しぶりなせいかな。まじまじと見たすぐるの顔が見慣れなくて。
 あれ? すぐるってこんな顔だったっけ、なんて、ずれた事をぼんやり思いながら俺は言葉を続けた。
 
「だって俺、すぐると居た時間は本当楽しかったんだ。くだらない事でいっつも笑っててさ。それにすぐるが俺を助けようと考えての行動だったんだろ? ──なら、殴る理由なんて無いじゃないか」
 
 感謝すれどもすぐるを殴る理由なんて無い。それを素直に伝えた。

 俺の返答に、すぐるは腹の底から吐き出すみたいな長く盛大なため息を吐いた。

「……だよなー。綾斗はンな事しないとは思ったんだけどさぁ」

 前の席の椅子を引いて腰掛けると、先ほど迄の戯けたような明るい口調で言った。

「無茶な事言って悪かった。ぶっちゃけさ、俺の気が晴れるかなーって思ったんだよね、一発殴られれば。──昨日みたいにパーン、て」

 そう言って、すぐるの右手が宙を払う。平手打ちのジェスチャー。

「いい音してたよなー。あれ喰らったら、色んなモノがぶっ飛んで行きそうだなーって」

 多分、昨日倉庫の中で樹にやった時の事を言って居るのだろう。
 あの時は樹の罵倒を止める事に必死で思わず手が出てしまった。だけど楽しそうに笑うすぐるに、とんでもない事をしてしまったような後悔や恥ずかしさが今さら湧いた。
 そんな俺の心中を梅雨知らず、すぐるの声がワントーン下がって、笑みを浮かべてた緩やかな表情も共に引き締まった。

「あの平手打ち見て、二人は大丈夫なんだろなーて思ったんだ。綾斗は弟君に怯えてるように見えたから」

 すぐるの言った内容に息を飲んだ。
 あんな一方的な絶交をした俺に怒りが湧いても文句は言えない。例え事情がわかって居たからといっても、それでも俺に愛想を尽かさず状態を気付いてくれていた事に身体の中に暖かい物がじんわり広がった。

「ズレてた二人の関係が元に戻ったように見えた。多分、もう大丈夫だろうと思ったんだけど……」

 すぐるは俺の席に肘を乗せ頬杖をついた。角度の変化に髪の毛が揺れる。下から俺をのぞき込む態勢。

「弟君と話してないって、何かあったのか?」

 教室の前で喋った時とは全く違って、冗談を言うでもなく、頬杖をつくその姿は疑問に首を傾げているようだった。
 だから俺は少し下から見上げるすぐるの目を真っ直ぐ受け止めた。

「よく、わからないんだ」

 俺たちの向き合う覚悟にそぐわないあやふやな回答。だけど、それが正直な答えだった。それをわかってなのか、すぐるも先を急かさず、ただ下から緩やかな視線を送って来る。

「すぐるも言ってただろ、直接話した方がいい、て。だからちゃんと話し合うつもりだったんだ」

 けれど樹は、何も告げずに一人部屋に閉じこもってしまった。
 それがまるで俺を拒絶するようで。以前みたいに突き放されているようで、菊地と喋った事でドアの前までは行けても、もう一歩を踏み出す勇気はなかった。はっきりと拒否の言葉を向けられるのが怖かった。だから今日も会わないように早く家を出たのだと。
 そこ迄言うと、すぐるは再び盛大なため息を吐いた。
 

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