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「あれ……すぐる」
「おはよ」
「お、……はよ」
ぎこちなく返した挨拶にすぐるは笑った。
日に照らされた茶色の癖っ毛がワントーン明るく光る。
朝の澄み渡る環境はすぐるの為にあるんじゃなんじゃないかと思う程、この静かに輝く廊下に溶け込んで居た。
そのせいか自分が酷く場違いな気がして、落ち着かなくて、紛らわすように言葉を繋いだ。
「ど、……したんだ、早いね」
「今日、日直なんだよ」
「え? ……あ、そうなんだ」
凄く久しぶりに喋るような感覚。そのせいか言葉が引っかかって円滑に出てこないし、尻窄みになる。
「ちゃんと寝れたか?」
そしてその質問に言葉が詰まった。
返せないで口を噤んでいると、やっぱりか、とすぐるは苦く笑った。
「こんな時間に居るから……まぁ、何かあったんだろうとは思ったけど。──弟君とは喋ったんだろ?」
その問いにも噤む口は開けなくて。
「ぇ、……喋ってないのか?」
黙ってる俺の姿に察したようで、まさか、と言いたげに驚いたすぐるの表情に、俺は視線を床に落とした。相変わらずキラキラしてる廊下が眩しくて目を細めた。
その行動が誤解を生んだのか、すぐるの予想が斜め上に行ったんだ。
「も、……もしかして」
「……?」
「……話し合い出来ない位……無茶苦茶に……」
「無茶苦茶ってなんだよ」
含む意味が宜しくない気がしたから思わず突っ込んだ。俺の突っ込みを受けたすぐるは、頭の後ろを掻きながら、まぁ、その……と視線を宙に飛ばして言い淀む。
その態度が俺の予想を確信に変えて行くから、自然と集まった熱が顔を熱くする。
その熱を誤魔化すようにすぐるを軽く睨んで、一つの疑問を向けた。
「すぐるは、いつから……気付いてたんだ?」
「いつから?」
「その、……俺たちの、事」
昨日、倉庫に現れたすぐるの話しぶりからして、多分、俺たちの関係はわかっているのだろう。
ならいつから?
どれくらい知ってるのだろう?
すぐるは何か考えを巡らせているのか、宙を視線でぐるりと仰いだ。それから頭の後ろにやっていた手を下ろし、俺の後方を指差した。
「こんな所に突っ立ってんのもなんだし、教室入ろうか」
日直の仕事もあるし、と言葉が繋がれる。ああそうか、すぐるがここに居る理由。
俺が頷いたのを見てすぐるが足を進ませる。
俺もその後に続いた。
「最初に目についたのは、弟君だったよ」
前振りなしに話が始まったから、俺は教室に踏み入れたばかりの足を止めた。
「女子の注目の的で常に噂の中心だったし、納得の見た目だからね。一目で覚えたよ」
すぐるは自分の机に鞄を置くと黒板の前に行き、前日のまま残された黒板に書かれた連絡事項の内容を消しながら淡々と話す。
「その弟君が休み時間の度に綾斗の所に来るから、その流れで綾斗の事も覚えてさ、」
一年の時俺と樹は別々のクラスで、俺のクラスにすぐるが転校してきたんだ。
「親友なのかなー位に思ってたから、双子って知った時はビックリしたよ。……正直似てなかったし」
すぐるは黒板を消し終えると、チョークを揃えて振り返る。立ちっぱなしだった俺を見受けて、座りなよ、と呆れたように笑った。
頷いて俺は席に足を向けた。
「転校から二週間位経った頃綾斗と喋る機会があって、それから俺たち仲良くなったよね」
あの日は雨の日だったっけ。
傘が無くなって困ってる所にすぐるが来て、家が近いと言うすぐるを送って、それから傘を借りて帰った。
それを切っ掛けに俺たちは喋るようになったんだ。
「綾斗と仲良くなるにつれて、弟君の睨みが強くなってきてさ、──超怖かったよ」
おどけたように話すから、本当に怖がっていたかは怪しく見える。けれど、その話し通りだとすれば、かなり初期から樹はすぐるの事を毛嫌いしていたと言うことか。
「俺と綾斗が一緒に居る時間が増えて、逆に弟君が綾斗に近付く時間が減った。──その代わり、遠くから綾斗を見るようになって」
今度はプリントを廊下側の列から配り始めた。
「その目つきでね、弟君の気持ちに気付いたんだ」
「目つき……?」
「うん。──愛おしみ、枯渇した飢えを求める、恨みにも似た恋情のこもった目つき」
詩人かお前は。
そう突っ込みたくなる気持ちは、言い得ぬ畏怖の念に飲み込まれた。
多分、俺はその目を知っているから。
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