For one week | ナノ

12

 


「良かったのか? 帰しちゃって」

 すぐるの問いに俺は頷いた。

「藤森さんは謝ってくれたし、別に俺は実害は、……無かったから」

 無かった訳ではないけど、ちゃんと反省してるように見えた。多分、藤森さんが今後何かを画策する事はないと思う。
 それに、藤森さんが行動を起こしたのは一年生に樹を呼び出しに行かせ、樹が屋上に現れた後屋上へのドアの施錠をした事だけ。
 それなら、反省してくれれば俺は十分だった。

「弟君は」

 すぐるは俺の後ろに話を振る。先ほど藤森さんが出ていった出入口を見てた樹は、視線を下に落として口を噤んだ。
 多かれ少なかれ不服なのだろう。
 樹が藤森さんの事を納得してない気持ちを蔑ろにする訳じゃないけど、それよりも気になってる事が幾つかあった。

「──なあ、さっき言ってた胸ぐら掴んだってのは、どういう事だ」

 二人を交互に見る。すぐるは困ったような笑顔を浮かべ、樹は変わらず目を伏せていた。

「樹。すぐるの胸ぐら掴んだのか? どうしてそんな事をしたんだ?」
「……」

 樹は全く反応しない。

「いつ……」
「弟君を責めないでやってよ」

 詰め寄ろうとすれば、すぐるの言葉が俺を止めた。

「元凶は、俺だから」

 頭に浮かぶのは疑問符ばかり。
 元凶ってなんだ?
 すぐるが何の元凶?

 何ですぐるが樹を庇うんだ。

「胸ぐらを掴まれた……元凶?」

 色々ある疑問の一つを聞いてみた。すぐるは違うよと首を振ると、一度目を伏せ少し視線を彷徨わせてから、意を決した目を俺に向けた。

「綾斗と弟君が、仲悪くなった元凶」
「……ぇ?」

 何で俺と樹が仲悪くなった元凶がすぐるになるんだ。
 だって俺と樹が仲悪くなったのは、俺と樹の問題。
 急に樹が俺を無視し始めて、なのにその後しつこく干渉してきたから。

「どうして弟君が急におかしくなったと思う?」
「……それは……」

 考えても答えが見つからなかった疑問。
 俺は後ろに立つ樹を振り返った。樹は微動だにせず、すぐるを睨み付けていた。

「俺と仲良くなった時期と弟君と仲悪くなった時期、被ってるよね」

 すぐるの問いに視線を戻せば、おかしいと思わない? と問いを重ねられる。
 確かに同じ時期のこと。けど、何がおかしいって言うんだ。

「弟君がおかしくなったのは、俺のせいだよ」
「……え……」

 逆光のせいで影に覆われた中で、すぐるは眉を下げた。


「俺と綾斗が仲良くなったから」
 
 昨日から色んな事があり過ぎて、頭が整理出来てないからだろうか。
 すぐるの言ってる意味が理解出来なかった。

 だって、そうだろ?
 すぐると仲良くなったことが、どうして樹と仲悪くなる原因になるって言うんだ。

「その辺りの詳しい事は、弟君と直接話した方がいいと思う」

 その疑問を口にするより先に、すぐるは俺に向けていた視線を少しあげた。

「弟君に言いたい事があるんだ」

 ジャリ、と小石の踏み締める音がする。樹が俺の横に並んだ。
 すぐるを見る瞳は、変わらず怒りを含む強いものだった。

「奇遇だな。俺もお前に言いたい事が山ほど……」
「うん。先に言わせて貰うけど、」

 すぐるが樹の言葉を遮る。
 どちらかと言うと聞き役に回るすぐるにしては、強引なその行動に驚いた。

 だけど静かに続いたすぐるの言葉は、驚きなんてものじゃなくて。

「俺は綾斗のこと、──好きじゃないよ」

 衝撃と言うのが妥当な威力を持って、俺の脳内を粉砕してフリーズさせた。

「……、ぁ……?」

 俺のこと、好きじゃない?
 なんだ、それ?

 好きじゃないって、それはつまり……。

 考えるのを拒むように時間が重く、流れる速度を遅くする。
 何倍にも広がった一秒の中で、心臓が煩く脈打った。

「嘘を言うな! お前のあやを見る目は明らかに好意を持ったものだった!」

 噛みつきそうな勢いで樹が怒鳴る。対照的に、すぐるは落ち着いた声で言った。

「綾斗は好きな奴に似てた。だから多分、そんな目を向けてしまってた。友達以上には見てないよ。俺の好きな奴は別にいる」

 樹に向けていた視線を俺に移して、すぐるは目を細める。

「綾斗ほど、いい子じゃないんだけどね」

 亀の歩行くらいに回復した頭を働かせて、考える。

「なに……。二人、なに言ってんだ」

 すぐるは俺のことを好きじゃないって言った。
 だったら嫌いなのか。
 その疑問を否定するように、友達だと続けた。

 先ほどから交わされてるのは俺の話だろう。けど、俺一人置いてきぼりされたままどんどん進んでいって、内容がいまいちのみ込めない。

 俺の言葉を聞いたすぐるは目を見開いて、なぜか樹に哀れむような視線を向ける。

「……綾斗のにぶちん」

 ため息と共にボヤいて、話し始めた。

「あのな、弟君は俺が綾斗のことを恋愛対象として好きだと疑ってたんだよ。多分、下心持って綾斗に近づいたって。──だよね?」

 だからすぐるを目の敵のように見てたのか。樹を見上げれば樹は静かにすぐるを見据えていた。
 それはつまり、肯定を言外していたんだ。樹は違うことには何かしらの形で意を返す。
 笑みを浮かべてすぐるが言った。

「ん。そう言うことだから、今日はもう帰った方がいい」

 今度は俺が目を剥いた。
 だってまだ話はまだ終わってない。

 すぐると話したいことが沢山あるのに。

「綾斗疲れてるよ。今日は帰って休ませてあげなよ」

 だけど樹に向けられたその言葉に、文句が喉で止まる。
 すぐるは俺を見た。

「最近ちゃんと寝てる? ご飯は? 色々あったんだろ?」

 すぐるは距離を近付けて、俺の頭をくしゃりと撫でる。

「今度ゆっくり話そう」

 そう言いながら浮かべた笑みが何時ものすぐるだったから。

「、……うん……っ」

 頷いたら、涙が出そうになった。

 


 

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