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咄嗟に身構えた。来るであろう衝撃に。
けれど背中に受けたのは予測した固さではなくて、身体を跳ね上げる弾力。見れば俺は高跳びで使う青色のセーフティーマットの上にいて、途端、脱力した。
のも束の間。
「わっ、あぁ」
腰元に加わった無遠慮な力に情けない声が漏れて、ぐるりと視界が回る。目の前に鮮やかな青色が広がった。
それがマットなのだと気付いたのと同時に、背中全体に重みがかかった。
「おとなしくしてれば、なるべく痛くしないから」
耳元にかかる息にうなじを擽られる。マットにうつ伏せる体勢の俺に、蓮田さんが乗ってきたみたいだ。
その事に驚いてる間に腹の下に腕が滑り込み、力を入れられて腰が浮かされる。背中に蓮田さんを抱えたままの腰をつき出す体勢に、熱が顔に集まった。
だけど恥ずかしがってる暇はなくて、腹を持ち上げた蓮田さんの手が下がってベルトにかかり、無機質な音が鳴った後に摩擦が腰を滑る。ベルトが抜かれたようだ。それを放られる音が傍らに聴こえて、すぐにズボンのホックが外される。ズボンと下着が膝まで下ろされるのも抵抗しなかった。
だけど衣服を失った部分が外気に触れて、現実味を帯びて来た行為に今更膝が震え出した。
「怖いのかい」
耳元で聴こえた蓮田さんのからかうような声に、鳥肌がたった。
重ならないんだ。
いつも耳元で聴こえるのは樹のものなのに、聴こえた声は頭に蘇るそれと重ならない。
息づかいも、触れ方も、匂いも、暖かさも、何もかもが違う。
後ろにいるのは樹じゃない。
樹に与えられた快感や痛みが、これから樹じゃない人に与えられるんだ。
そう考えたら、気持ち悪くて仕方なかった。
「っ……ゃだ……」
腕を前に伸ばしてマットに爪を立てた。気持ち悪くて気持ち悪くて、逃げ出したくて必死に伸ばした。けれど、背後から伸びる腕に掴まれおさえつけられてしまう。
「さっき言ったの、聞いてなかったのかい」
「ひぁっ!」
いけない子だ。と聴こえた蓮田さんの声と共に、俺自身が蓮田さんの手に包まれた。
「嫌がってる割に、先が濡れてるね」
言われながら先端を親指の腹が滑る、ぬめった感触がした。
「これからされる事に期待してるんじゃないのかい?」
蓮田さんは俺の身体に全身を乗せ、わざとらしく耳元で囁いてくる。
俺は首を振った。
「ちがっ……ぅ!」
「何が違うんだい? こんなに濡らして」
期待なんかしてない。この状態から逃げたくて仕方が無いのに。
「素直じゃないのは、兄弟揃ってかな」
そう言いながら蓮田さんの手がぬめりを絡めて上下に動く。もう片方の手がわき腹をなぞりながら服の中に入って来て、胸元に辿り着けば、突起を捏ねた。
「ひっ、……あぅ」
胸元と下半身を同時に弄られ、その刺激に気持ちとは反して湧き上がる痺れのような感覚に声が漏れた。
背後から喉で笑う声。
「身体は素直なようだね。感度が良い。もうヌルヌルだ」
蓮田さんの言葉と下腹部から聴こえる水音に羞恥が煽られる。悪足掻きだとしても声を出すまいと口を結んだ。
「もっと声出せよ」
「ぅあっ!」
突然髪の毛を掴まれ、上を向かせられる。目の前には針鼠頭の人。驚いて口を開けば、針鼠頭の人の指が無遠慮に突っ込まれた。
「んぅっ……!」
「声ねぇと、盛り上がんねぇじゃん」
「ひぁっ! ああっ」
それを狙ったように、蓮田さんの指が鈴口を抉った。その刺激に堪らず声が出てしまう。
目の前から喉で笑う声がした。
「イイねぇその顔」
声と同時に目の前が光る。眩しくて目をつぶれば、断続的に聞こえるシャッター音。
まさか、と思い見れば、体格の良い人が携帯を俺に向けて居た。
「やらっ、撮らなひで……!」
口の中の指が邪魔で上手く喋れない。それでも言いたい事は伝わってる筈。だけど俺の叫びも虚しく、シャッター音が続く。顔を背けたくても、針鼠頭の人の手に前髪を掴まれてるせいで儘ならない。
恥ずかしさとか悔しさとか色んな感情がグチャグチャになってきて、目頭が熱くなった。その間にも俺のモノを扱う蓮田さんの手は休む事なくて。
「んぅ、ふっ、……や、はぁっ」
「エッロい顔。たまんねぇ……」
針鼠頭の人が俺の口に突っ込んでいた指をぬき、屈んで顔を近付けて来る。
「オニイチャン、俺のしゃぶってよ」
言われた意味を理解出来なくて、ただ見つめ返す。滲む視界の中で、針鼠頭の人は俺の髪を掴んでない方の手でズボンを寛げ始めた。
それで理解して、俺は必死に首を振る。
「君に拒否権はないんだよ」
忘れ掛けてた蓮田さんが、耳元に顔を寄せて言う。共に下半身から耳に付く水音が響いて、そこから痺れるような波が広がった。
自分の身体なのに言う事を聞いてくれない。
蓮田さんの与えてくる刺激に歓喜するように、身体が跳ねた。
「はっ、……や、ぁ」
「オニイチャンだけヨガってないで、俺もキモチ良くしてよ」
言葉と共に目の前に針鼠頭の人の性器が飛び込んで来る。
嫌だ。
そそりり立つグロテスクな物に思わず口を吐きそうになった。けれど拒絶するより速く、背後から囁かれる。
「弟に何もされたくないんだろう?」
「──!」
開きかけた口を噤む。
ああ、そうだ。
拒絶なんて出来ないんだな。
含む意味を理解して、おれは口を薄く開いた。
「そんなんじゃ入ンねぇだろが。もっと開けろよ」
「んぅ!」
口に性器が押し付けられて、ヌルりと唇を滑る。感触や鼻口に広がる匂いに顔を背けたい衝動に駆られるけれるけど、それをぐっと堪えた。
せめて早く終わってくれればと祈った。
だから俺は意を決して、目の前の針鼠頭の人の物を口に含もうと口を開いた。
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